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アンディ・カービン
2007年7月、シタデル軍事大学(サウスカロライナ州チャールストン)で、CNN、YouTube、Googleが主催した討論会に参加した民主党大統領候補たち。レジー・ロングクライヤー師(ノースキャロライナ州ヒッコリー)の質問に耳を傾けるマイク・グラベル、クリス・ドッド、ジョン・エドワーズ、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ、ビル・リチャードソン、ジョセフ・バイデン、デニス・クシニッチ
(©AP Images/Charles Dharapak)
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インターネットは、過去10年間、コミュニケーションを革命的に変化させ、およそ想像できるすべての目的のために人々を参加させてきた。この章では、政治の舞台にインターネットを通じて登場したいくつかの新しい技術について取り上げるが、これらの技術は、候補者と――より創造的なやり方で――一般市民が、有権者に働きかけるために用いている。アンディ・カービンは、デジタル・ディバイド・ネットワーク [www.digitaldivide.net] の元取締役で、Learning.now for the Public Broadcasting Service [www.pbs.org] と題したブログを執筆している。
2008年の米国総選挙は、米国史の流れを変える重要な出来事になることは疑いないが、それは必ずしも、特定の候補者や特定の政策に起因するわけではない。最近行われたさまざまな選挙でも見られるように、インターネットは、選挙運動や資金集め、市民の関与という面で、強力な政治的手段となった。しかしながら、今回の選挙を特に興味深いものにしているのは、新しいイノベーションの多くが、選挙運動そのものや政治家によってもたらされたものではなく、米国の一般市民の手によるものだという点である。
インターネットの使用は、米国では特に新しい現象ではない。米国では、1990年代の中期以降、何百万という人々が、自宅であれ、職場や学校であれ、いたるところでインターネットを使い始め、それを使いこなす技術を身につけてきた。調査会社ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・ライフ・プロジェクトの2007年6月の報告書によると、米国民の成人の71%が自宅でインターネットを利用しており、成人の半数近くは高速ブロードバンドを使用している。
同様に、米国の公立学校・図書館の圧倒的多数がオンラインでつながっている。確かに、とりわけ教育と所得の水準が低いために人並みの権利を享受できない人々や、高齢者や障害を持つ人々、少数民族については、インターネットの利用や使いこなす技能という点で格差がある。だが、過去10年の一般的な傾向としては、インターネットは飛躍的に普及したと言える。
米国市民がインターネットを使い始めた当時、ネット上で役立つコンテンツの多くは、専門家が作ったもの、あるいは技術的な専門知識を持つ人々が作ったものだった。ネット上に記事を載せるためには、前提条件として、技術力がなくてはならなかったし、洗練されたコンテンツを大量に作り出す能力も必要だった。とりわけ、音声と映像をインターネットに載せることは、大手のメディア局だけの領域だと一般に考えられていた。
しかしだからといって、インターネット上には、一般人の作ったコンテンツがなかったわけではない。1990年代の終わり頃から、身の回りの日々の出来事をつづった個人ジャーナル、「ウェブログ」を発信する人たちが増え始めた。内容は興味深いものもあったが、そうでないものが多かった。しかし、ウェブログ、つまりブログという発想は、オンラインのソフトウェア開発者たちの心をとらえ、誰でも簡単にオンラインで自分の記事を公開できるツールの設計が始まったのである。この現象は、たちまち広がって独自の専門用語を生み出し、「ウェブ2.0」や「ソーシャル・メディア」は、こうした新しいトレンドの呼び名の中では、最も代表的なものである。
ネット上のコミュニティに参加するインターネット利用者も増え始めた。ネット上のコミュニティの存在は少しも目新しいことではないが――メーリング・リストやインターネット掲示板は1970年代から存在していた――インターネットの使用が社会の主流になるにつれ、オンラインで組織されるタイプのグループも主流になった。技術志向のグループが幅を利かせる時代ではなくなり、人々は、同じ街や近隣など地域性を重視するコミュニティや、趣味や仕事の仲間などお互いの興味や関心を共有するコミュニティを作り出すようになった。
2000年代の初期までには、とりわけブログが急成長を遂げており、数千人が個人のブログを持つようになった。それからわずか数年のうちに、その数は、数百万人に膨れ上がった。ほどなくして、政治問題を中心にブログを書く人々が現れ始めた。これらのブロガーは、やがて、政治的な主義主張を同じくする者やそうした候補者の下に結集するようになった。彼らはまた、オンライン・コミュニティのツールを使って、互いの関係を調整をするようになった。
こうした草の根オンライン・コミュニティ――ネットルーツとも呼ばれる――の初期の著名なひとつの例としては、2004年のハワード・ディーンによる大統領選挙戦が挙げられる。ディーンは当初、メディアと政治評論家から泡沫候補と見なされていたが、ブログを使い、大規模な電子メール作戦を展開し、オンライン・コミュニティで討論することにより、大きな支持を取り込むことに成功した。ディーンのもとには、やがて、国中の何千もの人々から選挙資金の寄付を含め政治的な支持が集まり始めた。オンライン上で知名度が上がると、主流の報道機関がディーンを取り上げるようになり、資金集めの成功やネットルーツでの人気の高さを伝えるようになった。ほとんど無名だった人物が、一目置かれる有力な政治家となったのである。最終的には民主党の候補者指名争いに敗れたものの、彼の巧みなオンライン組織化テクニックは、その後ほかの運動のために集結しようとするリベラル活動家たちのオンライン・インフラを整備することに役立った。
ディーンの選挙運動より早く始まり、今日に至っても存続しているネットルーツ運動もある。その一例だが、1997年、サンフランシスコのあるソフトウェア会社の創業者らが友人や同僚宛てに電子メールを送信し始めた。このメールが受信者に求めていたのは、自分の選んだ議員に対して、当時のクリントン大統領に対する弾劾手続きを取りやめて次の政策問題に「移る」よう促すことだった。メール運動は受信者の共感を呼び、受け取った友人や同僚がまた別の人に転送して広がっていった。小さく始まった運動は時間の経過とともに組織化され、特にイラク戦争の終結などの進歩的主張を中心にした重要な政策課題に取り組む組織へと発展していった。今や、何百万人ものインターネット・ユーザーが電子メールをベースにしたこの政治運動に参加しており、MoveOn.org(ムーブ・オン)は全米で最も力のある政治活動委員会のひとつとなっている。
2006年の議会選挙までには、インターネット関連で新たに2つのトレンドが生まれ、2008年大統領選サイクルの間に起こりそうな展開のいくつかを予見させた。そのひとつは、一般に「ユーザー生成コンテンツ」(UGC)と呼ばれているものの急激な増大である。本質的にUGCとは、テキスト、写真、音声、映像を含む、アマチュアの作成したあらゆるタイプのオンライン素材をいう。国際的に広まったUGCの例としては、携帯電話で撮影されたサダム・フセインの処刑場面が挙げられる。イラク政府は処刑の準備の様子を記録した公式ビデオを公表したが、世界中で報道の見出しを飾ったのは、処刑を見物していた人物が撮影したUGCだった。
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映像共有サービスのYouTubeは、米国の政治で一定の役割を演じている。
(©AP Images/Cameron Bloch)
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インターネットにはUGCがあふれかえっている。YouTube(ビデオ)やFlickr(写真)など、マルチメディアのコンテンツを公開する専門サイトがあるためだ。ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・ライフ・プロジェクトが2006年に発表した調査によると、何らかの形態のUGCをオンラインで公開したことのある米国人は4000万人にものぼり、ブログを書いているインターネット・ユーザーも7人中1人に達する。
2006年選挙でUGCが最も大きな力を発揮したのは、いわゆるマカカ発言である。
再選を目指して活動していたバージニア州選出の上院議員ジョージ・アレンは、対抗馬ジム・ウェブの運動員として働いていたシダース(S.R. Sidarth)という若者にいつも後をつけられていた。シダースの仕事は、公の場に姿を現したアレンをビデオで撮影すること。アレンが公衆の面前で語ったことすべてを記録に残し、ウェブ陣営にとって有利に使える発言があれば使おうというもくろみだった。同年8月、演説会場でのこと、アレンは集会に参加した人々に向かって公然とシダースの存在を認め、彼を2度「マカカ」と呼んだ。インド系米国人のシダースがアレンの発言の映像クリップをYouTubeその他のサイトに投稿すると、映像はたちまち何十万人というインターネット・ユーザーの目に触れることとなった。ビデオはすぐに選挙戦の大きな争点となり、霊長類のひとつの属の名称である「マカカ」という言葉を人種差別的な意味で使ったという批判にさらされたアレンは、その対応に苦慮することになった。アレンは謝罪し、「マカカ」という言葉には何ら侮蔑的な意味はないと言い張った。同年11月、彼は僅差で再選を逃したが、ジム・ウェブの勝利に大きく貢献したのは、シダースの撮ったUGCだったと考えるコメンテーターは多かった。
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民主党全国大会では、主要なテレビ局・活字メディアの記者の近くにブログ制作者たちの取材席が設けられた。「ブロガーズ・ブールバード」は2004年、初めて、マサチューセッツ州ボストンで開かれたこの全国大会の様子を中継で伝えた。
(©AP Images/Lauren Burke)
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しかし、ネット上のソーシャル・ネットワークの成長というもうひとつのトレンド要素がなかったら、UGCは、ネット上の政治舞台で大きな力にはならなかっただろう。オンラインのコミュニティは、インターネットの初期から存在していた。しかし、過去数年において、オンライン・コミュニティの数と規模が急成長を見せた。技術が進歩して、ユーザーが独自のコンテンツをアップロードしたり、ユーザー同士が交流したりするのが容易になったためである。MySpaceやFacebookというサイトは、当初、ティーンエージャーや大学生が使うニッチ・コミュニティとして始まったが、やがて何千万人という会員を持つオンラインの台風の目へと成長した。イプソス・インクが作成した2007年7月のレポートによると、米国のインターネット利用者の24%が、調査前1ヵ月以内に何らかのソーシャル・ネットワークを使っており、同じ時期に利用者の3分の1がビデオをダウンロードした経験を持っていた。2006年の選挙戦の立候補者は、こうした傾向を巧みに利用して、主要ソーシャル・ネットワーク・サイトに自らのプロフィールを載せた。また、選挙運動の広告や、そのほかのマルチメディア素材を載せた候補者もいた。
2006年の選挙期間の出来事は、2008年選挙で予想される展開の一部を垣間見せたにすぎない。指名を目指す候補者たちは、前回の大統領選挙以来、ソーシャル・ネットワーキングをもう一歩進めて、それぞれ自陣営専用の選挙運動のためのソーシャル・ネットワークを作るようになった。特に、民主党候補者のバラク・オバマとジョン・エドワーズは、規模の大きなソーシャル・ネットワークで群を抜いている。それを武器にして支持者を獲得し、当然のことではあるが、選挙資金の寄付も募っている。
2大政党の候補者たちは、オンライン・ビデオを、それぞれの支持層と交流を図るための自然な方法として取り入れている。中には、ビデオを使って立候補を表明する者もいる。
候補者らが自らのソーシャル・ネットワークを作り始めたように、一般大衆の間でも、まったく新しい動向が生まれつつある。独自のソーシャル・ネットワークを作って、さまざまな政治的関心事について同じ考えを持つ仲間を集める現象が出てきたのである。2006年の秋でさえ、自作ソーシャル・ネットワークなどという概念はなかった。その後のわずかな間に、Ning.comのようなオンライン・ツールのおかげで、誰でもニッチ志向のソーシャル・ネットワークを作ることができるようになった。今や、発足したばかりの資金の乏しい政治運動だけでなく、個人レベルでも、こうしたツールを使って、ネットルーツの基盤を築くことが可能になった。
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2003年、ホワイトハウスから、米国民と直接つながっているオンラインのチャットに加わるダン・バートレット広報局長(当時)。
(©AP Images/Charles Dharapak)
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ソーシャル・ネットワークの最近の動向として、資金集めに特化したタイプのものも出現してきた。特に興味を引くひとつとして、Change.orgというサイトがある。ソーシャル・ネットワークは、そもそも、個人が慈善運動を支援するために創設されたのだが、その後、人々が政治運動や立候補者を支持する目的で集まれるような仕組みに設計し直した。例えば、銃を保持する権利を擁護するために活動する人々は、このサイトを使って非公式の政治活動委員会を組織し、自分たちの政策見解に同意する候補者を支援する資金を集めることができる。もし、候補者がまだ選定されていなければ、関係政党が当人を指名するまでの期間、Change.orgがその資金を第3者預託という形で保管する。そして、候補者がこれらオンライン活動家から正式に資金を受け取ると、対立候補には、Change.orgの金が相手に渡ったことを通知する書状が届く。こうして対立候補は、自分たちの政策に反対する市民によって、自分に不利な資金集めが行われていることを知らされるのである。
要するに、2008年の選挙戦はまだこれからだが、確実に言えることがひとつだけある。インターネットの存在により、全米の有権者と候補者の間の交流の方法が、完全に変ってしまったということだ。資金集めに成功するのは、上位1~2人の候補者だけではないかもしれない。しかも、候補者はもはや、自分たちのメッセージの発信を完全に管理することはできない。一般の人々が、Web2.0のツールを使い、自分の意見を主張し始めた。これからの見どころは、候補者たちがそうした声にどれほどしっかり耳を傾けるかということである。



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