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わたしの米国 ― 都会と夢

アシュリー・ムーア (Ashley Moore)

アシュリー・ムーア提供

  アシュリー・ムーアは最近テキサス・クリスチャン大学(テキサス州フォートワース)を卒業。現在は、ニューヨークの出版社コンデナスト社のウェブ事業部門、Brides.com Local Printで働いているが、いつかテキサスに戻りたいと思っている。

  わたしたちは子供のころ、アメリカン・ドリームについて教わった。「米国はチャンスの国です」と教師は言ったものだ。「この素晴らしい国の果実は、一生懸命働いて、意志を強く持てば、手に入れることができます」。教室の中で目を輝かせて座っていた生徒たちは、歴史の教科書をのぞき込み、幸運な人生を求めて米国にやって来た人々の写真をじっと見つめた。20世紀の初めに満員の船に乗って到着した大勢の移民にとって、よりよい生活とは、安定した仕事やテーブルの上の食べ物、家族を養う能力を意味した。教科書を読んでいくうち、わたしたちは幸運の秘密を学んだ。つまり、働きづめの1日が終わったあと、例えばテーブルの上の食べ物とか銀行預金とか、その成果を示す何かがあれば、その人は生活の中にその夢を実践しているということなのだ。

  もちろん、夢の挫折もあった――それもたくさん。わたしたちが成長して勉強が進むにつれて、教科書には、アメリカン・ドリームを追いかけた人々が不運に見舞われたという話も載るようになった。困難な時代になるのは経済的要因が多いのだが、人種問題が原因のこともあった。しかしそうした混乱にもかかわらず、夢は生き続けた。年を追うごとにますます加速しながら、夢はいつも人々を奮い立たせた。そして今でもまだ、わたしたちの誰もが、この国で自分なりの成功を収めるという考えに夢中になっている。

  わたしが学校で教科書をのぞき込んでいたときからすでに数年たつ。歴史の授業について考えていたころからはもっと長い時間が過ぎた。けれども最近、わたし自身の夢という考えとたわむれながら、あのころのことに思いを巡らせている。わたしは今、ニューヨークの一角に住んでいる。そこは100年前の移民たちが幸せな生活を求めて血と涙を流した場所から数ブロックしか離れていない。若く野心的なライターとして、わたしも血こそ流しはしないものの涙を流すことはある。わたしはこの街の初期の移民と同類なのかもしれない。なぜなら、ここであきらめたり、中止を命じたり、膝を屈したりはできそうもないから。

  毎日、わたしは街なかへ乗り込んでいく。そこは暗く醜く、いろいろな誘惑や気晴らしがうごめいている。しかも今は冬ですらない。でも、昼間は雑誌の記事を書く仕事で長時間過ごし、夜はウエートレスの仕事をすませたあと、1日の終わりに、わたしの夢は絶えず語りかけてくる。いつかこの努力に見合うものを手に入れるときが来るわよ、と。でも、何を? とわたしは自問する。実家のリビングほどの広さしかないワンルームのアパートを? それとも、ほかには何も入っていない冷蔵庫の中でガビガビになったチーズの塊を?

  「米国はチャンスの国です」と教師は繰り返しわたしに言ったものだ。「この素晴らしい国の果実は、一生懸命働いて、意志を強く持てば、手に入れることができます」。その授業を受けていたときの天真爛漫さ。子供のころ、わたしたちは何でも信じ、信じるなと言われるまで信じ続けた。その真髄において、アメリカン・ドリームも子供のように天真爛漫なのだ。わたしたちは年を取るにつれ、ときには幸運などには巡り合えないのではないかと不安になりながら、相変わらず冷淡な夢を、まだあきらめずに抱き続ける。

  わたしの成功には高級車やペントハウスは入っていないのかもしれない。作家にもなれないかもしれない――これは認めなければならない。それでも、夢はわたしを励まし続ける。だから、いつかきっと、自分なりの成功を収めるだろうと信じている。

この記事の意見は、必ずしも米国政府の考えや方針を反映しているものではありません。




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