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米国政府の概要 - 第2章
憲法の説明 ― フェデラリスト・ペーパーズ

  「政府自体が人間性の最も偉大な反映でなくして、何であろうか。」

―ジェームズ・マディソン、『フェデラリスト・ペーパーズ』1787-88年

  米国建国の父の1人であり、後にこの新国家の第3代大統領となるトーマス・ジェファーソンにとって、『フェデラリスト・ペーパーズ』は、「これまでに書かれたもののうち…政府の原則に関する最も優れた論評」だった。19世紀の英国の哲学者ジョン・ステュアート・ミルにとっては、『ザ・フェデラリスト』と普通は縮めて呼ばれる、この85の短い評論を集めた論文集は、「連邦政府に関して現存する、最も示唆に富む論文集」だった。フランスの明敏な政治評論家アレクシス・ド・トクビルは、1835年に、この書物について、「あらゆる国の政治家が親しむべき優れた書物」と書いた。

  現代の歴史家、法律家、および政治学者は、『ザ・フェデラリスト』は、政治哲学と実践的政治に関して米国で書かれた著作の中でも、最も重要な作品であるという点で、おおむね意見が一致している。この書物は、プラトンの『共和国』や、アリストテレスの『政治学』、トーマス・ホッブズの『リバイアサン』などと比較されてきたる。そして、中南米やアジア、アフリカの新国家の多くの指導者が、自分たちの憲法を作成する際に、この書物を参考にしたのである。

  1787年9月17日にフィラデルフィアで米国憲法草案に署名をした代議員たちは、この憲法が13州中9州の批准会議で承認されて初めて発効することを規定した。また、規定はされていなかったが、規模・人口ともに大きいニューヨークとバージニアという2つの有力州のいずれかが批准を否決すれば、この構想全体が崩壊する可能性があった。ニューヨーク、バージニア両州の代議員団はいずれも、憲法を巡って意見が大きく分かれていた。そして、ジョージ・クリントン・ニューヨーク州知事は、すでに新憲法に反対する立場を明らかにしていた。

  『ザ・フェデラリスト』のように高く評価され、影響力を持つ著作は、学問と政治における長く豊富な体験の賜物ではないか、と誰もが考えそうだが、実は、その主要な著者は2人の青年だった。『ザ・フェデラリスト』は、ニューヨーク州のアレクサンダー・ハミルトン(32歳)とバージニア州のジェームズ・マディソン(36歳)が、時には1週間に評論4本という速いペースで仕上げた著作であった。後に初代最高裁長官となった年長の学者ジョン・ジェイが、論文のうち5つを寄稿した。

  独立戦争でワシントンの補佐官を務めたハミルトンがそもそも、マディソンとジェイに、この極めて重要な作業に加わるよう依頼したのだった。彼らの目的は、起草されたばかりの新憲法を批准するよう、ニューヨーク州の批准協議会を説得することだった。彼らはそれぞれ、「パブリウス」という共通の偽名を使って、ニューヨークの新聞に、憲法を解説し擁護する一連の手紙を送った。

  この計画を主導し、一連の論題を決め、51通の手紙で、そうした論題のほとんどを精力的に取り上げたのは、ハミルトンだった。しかし、マディソンの記した29通の手紙が、その率直さとバランスのよさ、説得力によって最も強い印象を残すものとなった。1787年10月から1788年5月までの間に書かれた『ザ・フェデラリスト』が、ニューヨーク州による渋々ながらの憲法批准に決定的な影響を与えたかどうかは不明である。しかし、この論文集が、合衆国憲法に関する最も権威ある論評となったこと、そして現在もそうであることには、疑いの余地はない。

新種の連邦主義

  『ザ・フェデラリスト』による最初の一歩、そして最も明確な手法は、連邦主義を新たに定義することだった。抑圧的な君主制に対する革命に勝利したばかりの米国入植者たちには、歯止めのない中央集権的な政権を再び導入するつもりは全くなかった。しかし一方、彼らは、連合規約の下で各州間の妬みや競争による不安定と混乱を体験していたため、より強力な連邦政府を受け入れる下地ができていた。『ザ・フェデラリスト』の論文の多くは、それまで他では達成されたことのない新しいタイプの均衡が可能である、とするものだった。事実、『ザ・フェデラリスト』自体が、港湾都市ニューヨークの商業的利害を反映したハミルトンの国家主義的傾向と、バージニア州の農民に広く見られた遠くにある権威に対する疑念に共感するマディソンの警戒心とを、均衡させたものだった。

  マディソンは、連合規約の下で各州が持っていた絶対的な主権の代わりに、国家の関心を必要としないすべての分野に関して、各州が「残存主権」を持つべきだと提案した。彼は、憲法批准の手続き自体が、国家主義ではなく連邦主義の概念を象徴するものである、と論じた。マディソンは、次のように述べた。「ひとつの国家全体を構成する個人としての国民ではなく、各個人の所属する個々の州を構成する個人としての国民が同意し、批准しなければならない…。従って、憲法を確立する行為は、国家ではなく連邦の行為である。」

  ハミルトンは、自らが名づけた連邦政府と州政府の権限の「並行性」という概念を提案した。しかし彼は、この関係を、惑星が太陽の周囲を回りながらも個々の地位を維持する状態にたとえており、これは中央政府の権限をより強調したものとなっている。ハミルトンとジェイ(いずれもニューヨーク州出身)は、古代ギリシャや同時代のヨーロッパで、危機の時代に例外なしに崩壊した同盟の例をいくつも挙げた。『ザ・フェデラリスト』の著者たちにとって、意見の相違はあったものの、教訓は明らかだった。それは、尊敬される優れた国家の存続には、限定的ながらも、重要な権限を中央政府に移譲することが必要だ、ということである。彼らは、個々の州の主体性や自律性を損なうことなく、これを実現することができる、と信じていた。

抑制と均衡

  『ザ・フェデラリスト』は、政府の権力を制限し、その濫用を防ぐ手段として抑制と均衡という概念を初めて具体的に取り上げた、政治的な文書でもあった。この言葉は、主として、ハミルトンとマディソンの二人が政府の最も重要な部門と見なしていた二院制議会に関して用いた。当初の概念では、大衆に選ばれ、衝動的な動きをすると考えられる下院に対して、州議会が選ぶ、より保守的な上院が、抑制と均衡の役目を果たす、とされた。(1913年に追加された憲法修正第17条によってこの規定が変更され、上院議員も公選されることになった。)しかしマディソンは、「役所が役所を抑制すべきである」という、より広範な主張をしたことがある。またハミルトンも「民主主義の下院は、民主主義の上院によって抑制されるべきであり、この両院は、民主主義の司令官によって抑制されるべきである」と述べている。

  ハミルトンの最も優れた論文(第78)は、連邦議会または州議会が可決した法案の合憲性について最高裁が判決を下す権利を擁護している。ハミルトンは、この「違憲立法審査権(judicial review)」という歴史的に重要な権限は、「派閥の邪悪な息吹きが正義の泉を汚染する」可能性の最も高い立法府に対する適切な抑制である、と主張した。ハミルトンは、議会が裁判所の判決を気に入らなければ、多数決でその判決を無効とすることのできる英国の制度を明白に拒否し、「裁判所は、制限のある憲法を、立法機関による侵害から守る防波堤と見なされるべきである」と述べた。憲法修正の骨の折れる困難な過程、あるいは最高裁判事たちの見解の漸進的な変化だけが、憲法に対する裁判所の解釈を覆すことができる。

人間性、政府、そして個人の権利

  抑制と均衡という概念の背景には、人間性に対する極めて現実的な見方がある。 マディソンとハミルトンは、人間はその本領を発揮すれば、理知と自制と公正を達成することが可能であると信じていたが、一方で、人間は情熱、不寛容、そして貪欲さに支配されやすいことも認識していた。マディソンが記した有名な一節は、自由を維持するために必要な措置について述べた後で、次のように書いている。「政府の悪用を抑制するためにそのような手段が必要であるということは、人間の本性を反映するものかもしれない。しかし、政府自体が、人間性の最も偉大な反映でなくして何であろうか。人間が天使であったならば、政府は必要ないだろう。天使が統治するならば、政府に対する外的な統制も内的な統制も必要ないだろう。人が人を統治する政府を構築するに当たって最も難しいのは、まず政府が統治の対象を統制できるようにし、続いて自らを統制するようにしなければならないことである。」

  『ザ・フェデラリスト』の中でも最も印象的かつ独創的な論文(第10)で、マディソンは、この二重の課題を取り上げている。彼の主な関心事は、「派閥の暴挙を打破し抑制する」必要性であった。これは、政党を念頭に置いたものであり、マディソンはこれが人民政府に対する最大の危険だと考えていた。「私は、多くの市民が…他の市民の権利に反する、あるいは地域社会の恒久的、総合的な利益に反する、共通の情熱や利害関係の衝動によって、団結し動かされることを知っている」と、彼は述べている。

  他の人々の権利を危険にさらすこうした情熱や利害関係は、宗教的あるいは政治的なものもあるが、最も多くの場合、経済的なものである。派閥は、持てる者と持たざる者、債権者と債務者、あるいは異なる種類の財産を所有する者の間で分断される可能性を持つ。マディソンは、「文明国家においては、土地所有者、製造業者、商人、あるいは資産家の利害関係、そしてその他もろもろの人々の利害関係が必然的に発生し、異なる感情や意見に動かされて、人々を異なる階級に分割する。こうしたお互いに衝突するさまざまな利害関係の規制が、近代の立法の主要な任務である…」と書いた。

  公正で合理的で自由な人民が、このような多くの対立する主張や、その中から発生する派閥を、どのように調停できるのか。情熱や私利を禁止することは不可能である以上、適切な政府の形態は、多数派であれ少数派であれ、あらゆる派閥が全体の利益に反してその意思を強要することを防ぐことができなければならない。マディソンは、圧倒的な派閥に対する防衛のひとつは、共和制(あるいは代議制)の政府であり、このような政府は「選ばれた市民の団体を媒介として、国民の見解を洗練させ拡大する」傾向がある、と述べた。

  しかし、マディソンによると、これよりさらに重要な点は、新憲法によって提案される連邦政府の下で起きるような、共和国の地理的、一般民衆的な基盤の拡大だった。彼は次のように記述している。「大きい共和国では、小さい共和国に比べて、より多くの市民が各代表を選出することになるため、選挙でよく見られる悪質な手段を使って、でたらめな候補者が成功をおさめることが、より困難になる…。派閥の指導者の影響力が、本人の地元の州に火をつけることはできるかもしれないが、その火を他州にまで広げて大火事にすることはできない。」

  ここで熱心に説かれているのは、多元主義の原則である。この原則は、多様性を歓迎する。多様性それ自体が個人の相違と自由の証明であり、同時に、さらに重要なこととして、相反する情熱や利害関係を中和する望ましい効果を持つからである。米国では、極めて多様な宗教の存在によって、単一の国教会が強制力を持つ可能性が低くなっているが、同様に、各州が多様な地域と課題を抱えているため、情熱にかられた、抑圧的になりかねない派閥や政党が全国的な勝利を収める可能性が低くなっている。米国の主要政党の変遷を見ると、いずれも地域的、経済的に極めて多様な利益を代表しているため、中庸で、特定のイデオロギーに偏らない傾向が見られ、マディソンの主張を裏付けている。

権力分割

  権力の集中による圧制を避けるため、政府の各部門に権限を分散させるという考え方は、抑制と均衡という、より広範な概念に含まれる。しかし、『ザ・フェデラリスト』は、権力分割には、政府の効率と有効性の向上というもうひとつの利点がある、と見ている。各部門は、機能を特定の分野に制限されることによって、専門性を高め、自らの役割に誇りを持つことになる。これは、各部門がひとつに統合されていたり、機能がかなり重複していたりした場合には、見られないことである。

  ある機能を果たすために不可欠な資質が、別の機能には不適切な場合もある。従ってハミルトンは、外敵の攻撃から国家を守り、法律を公正に適用し、財産と個人の自由を守るためという、彼が密接に関連する権利と見なすものを遂行するためには、「精力的な行政者」が不可欠だと述べた。しかし一方、国民の信頼を獲得し、国民の多様な利害関係を調停しなければならない立法者にとっては、精力ではなく「熟考と英知」が最良の資質なのである―。

  最高行政権が、大統領という1人の人間の手にのみ与えられるべきであるのも、こうした必要な資質の相違による。行政者が複数いると、まひ状態に陥る可能性があり、「国家の決定的に重要な非常時に、政府の最も重要な措置を挫折させる」可能性があるからである。すなわち、国民の意志を反映する議会が、法案の可決を通じて、十分な討論を経た慎重な決断を下した後を受けて、行政者は、情実を排してその法律を断固として遂行し、私利に基づいて例外を求める嘆願に抵抗しなければならない。そして、外国による攻撃を受けた場合には、行政者は直ちに強く対応する権限と精力を有していなければならない。裁判官にも、特別な資質が要求される。それは、行政者の精力と迅速な行動でもなく、また人民の感情に敏感に対応し、譲歩する立法者の能力でもない。裁判官に要求されるのは、「高潔と中庸」である。また、判事は任命されれば終身であるため、国民、行政府、立法府からの圧力を受けないはずである。

政治に関する永遠の課題

  政府、社会、自由、圧制、そして政治家の本質に関する優れた記述が、『ザ・フェデラリスト』のどこにあるのか探し出すことは、必ずしも容易ではない。これらの文章の多くは、内容が古かったり、重複していたり、文体が古風だったりする。論文の著者たちには、自分たちの思考を、秩序立てた包括的な形で著わす時間も意志もなかった。それでも、『ザ・フェデラリスト』は、ハミルトンとマディソンの提起した政治の理論と実践に関する永遠の課題に真摯な関心を持つ人々にとって、今もなお不可欠なものである。20世紀の著名な政治史研究家クリントン・ロシターは、こう書いている。「これほど雄弁、冷徹、かつ有益な解答が、米国人の文筆家によって記されたことは、かつてない」と。そして続ける。「ザ・フェデラリストの伝えるメッセージは次の通りである。自由なしに幸福はない。自治なしに自由はない。立憲政治なしに自治はない。倫理性なしに立憲政治はない。そして、安定と秩序なしにこれらの偉大な特質はない。」

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