「合衆国憲法によって合衆国に委任されず、また州に対して禁止されていない権限は、それぞれの州または人民に留保される」
— 合衆国憲法修正第10条、1789年
合衆国憲法によってつくられた連邦組織は、米国政府のシステムの最大の特徴である。しかし現実には、このシステムは何千もの小さな要素から成るモザイクであり、それらの要素が集まって全体を構成している。50州の政府とコロンビア特別区の政府があり、それぞれの下には、郡および市町村を治める、さらに小規模な政府がある。
こうした政府の多重性を理解するには、米国の進化の過程を参照すると最も分かりやすい。連邦制度は、進化の過程の最終段階であると見なされてきた。合衆国憲法が制定される前は、いくつかの植民地(後には州)の政府があり、それ以前には、郡やさらに小規模な政府があった。初期の英国人入植者が最初になしとげた作業のひとつは、大西洋岸各地につくった極めて小さな入植地に、それぞれの統治組織をつくることだった。1620年、いわゆる「ピルグリム・ファーザー」たちは、メイフラワー号を下船する前に、早くも「メイフラワー盟約」を策定していた。これが文書化された初の米国憲法だった。そしてこの新しい国家が西へと進むにつれて、辺境の開拓地のそれぞれが自治ための政府をつくりだしたのである。
合衆国憲法の起草者は、この多層的な政府制度に手を付けずに残した。彼らは、国家的組織を最高位に置く一方で、国民とより直接的に接触し、国民のニーズにより敏感に応える一連の政府が必要であることを、賢明にも認識していた。すなわち、防衛、通貨規制、外交など特定の機能は、強力な中央政府によってのみ管理できるだろう。しかし公衆衛生、教育、地域の交通機関などの機能は、地元の行政区が管理したほうがうまくいくに違いないと。
独立以前の各植民地は、大英帝国によって個別に統治されていた。憲法が採択される前の共和国初期、各州は事実上、独立した自治体だった。憲法制定会議に出席した代表らは、より強力かつ実現可能な連合体の設立を目指したが、同時に各州の権利の保護にも熱心だった。
完全に州境内で発生する出来事は、通常、州政府のみの問題である。これには、州内の通信、財産・産業・商取引・公益事業に関する規制、州の刑法、および州内の労働条件などがある。これに関連して言えば、連邦政府は、州政府が民主的な形態であること、また州政府が合衆国憲法または米国の法律ならびに米国が結んだ条約に矛盾または違反するような法律を採用しないことを義務付けている。
もちろん、州と連邦政府の管轄が重複する分野も多い。特に近年は、保健、教育、福祉、輸送、および住宅・都市開発などの分野で、連邦政府が責任を拡大し続けてきた。しかし、連邦政府が各州内でそうした責任を実行する場合には、上からの強制という形ではなく、連邦と州という2つのレベルの政府同士の協力を基盤として、計画が採用されることが多い。
連邦政府と同様、州政府にも、行政府、立法府、および司法府の3機関があり、その機能と責任範囲も連邦政府の場合とほぼ同様である。州の行政長官である知事は、一般投票で選ばれ、任期は通常4年である(一部の州では2年)。州議会は、一院制のネブラスカ州以外は、すべて二院制であり、通常、上院は「Senate」、下院は「House of Representatives」、「House of Delegates」、または「General Assembly」と呼ばれる。州議会議員の任期は、ほとんどの州で、上院議員が4年、下院議員が2年である。
各州の憲法は、一部の詳細に違いはあるが、州民の人権や政府の組織に関する記述をはじめ、概して合衆国憲法を模範としている。商取引、銀行、公益事業、慈善団体などの運営などに関しては、州憲法の方が合衆国憲法よりも詳細かつ明確である場合が多い。しかし、どの州憲法も、最終的な権限は州民にあることを規定し、政府の基盤として特定の基準と原則を設定している。
米国は、かつては大部分が農村地帯だったが、今日では極めて都市化が進み、国民の約80%が町、大都市、または都市近郊に住んでいる。この数字が示すように米国内の諸政府の全体的な傾向を見る上で、都市政府の果たす役割は極めて重要である。都市は、警察・消防から衛生条例、保健条例、教育、公共交通機関、住宅に至るまで、あらゆるサービスを住民に提供しており、住民のニーズに直接応える度合いは、連邦政府や州政府よりはるかに大きい。
米国の主要都市の運営は、極めて複雑である。人口だけを比べても、ニューヨーク市は、50州中41州より人口が多い。この国で、大統領に次いで難しい行政長官職はニューヨーク市長である、とよく言われる。
都市政府は、州から設立認可を受ける。その認可定款には、市政府の基本方針と権限とが詳述されているが、多くの面で市の機能は州から独立している。しかし、大都市の多くにとって、住民のニーズに応えるためには、州および連邦の組織との協力が不可欠である。
都市政府の形態は全米各地でさまざまである。しかし、ほとんどの場合、有権者が選出する何らかの中央評議会があり、行政長官がさまざまな部門の長に補佐されて市の行政を管理する。
都市政府には、大きく分けて、市長・議会制、市政委員会制、市政管理官制の3種類があるが、これら3つは、いわば原型であり、実際には多くの都市政府がこのうち2つか3つを組み合わせたものを発展させてきた。
市長・議会制 これは、都市政府の形としては米国で最も古く、20世紀初めまでは、ほとんどすべての米国の都市がこの形態を採用していた。その構造は、州政府や連邦政府と似ており、公選の市長が行政府の長であり、市内の各地域を代表する公選の議員から成る議会が立法府を形成する。市長が市政府の各部局の長などの幹部職員を任命するが、その際に議会の承認が必要なこともある。市長は、条例(市の法律に相当)に対する拒否権を有し、また市の予算作成の責任者である場合が多い。議会は、市条例を可決し、固定資産税の税率を定め、市の各部局に予算を割り当てる。
市政委員会制 これは、立法と行政の機能をひとつの市政委員会に持たせるもので、委員会は通常、全市から選出される3人以上の委員から成る。各市政委員は、ひとつあるいは2つ以上の部門の業務を監督する。うち1人が委員長に指名され、「市長」と呼ばれることが多い。ただしその権限は他の委員と同等である。
市政管理官制 これは、選挙で選ばれた識者が持ち合わせていない専門の管理能力を必要とする都市問題の複雑さに対応するために作られた制度である。つまり、法の執行とサービスの提供を含む行政権の大半を、高度な訓練を受けた経験豊富なプロの市政管理官に委ねるわけである。
この市政管理官制を採用する都市の数が増えている。この制度の下では、少人数から成る公選の議会が市条例を作成し政策を決めるが、議会は市政管理官と呼ばれる有給の行政官(「市政代行官」)を雇って、議会が決定したことを実行させる。市政管理官は、市の予算を作成し、市の各部局の大半を監督する。通常、管理官には任期がなく、その実績に議会が満足している限り在任する。
郡とは、州を分割した地域であり、例外はあるものの、通常2つ以上の町区といくつかの村を含む。ニューヨーク市は非常に広いため、ブロンクス、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、スタテン・アイランドの5区に分けられ、、それぞれが郡なみの権限を持つ。一方、ワシントンDCからポトマック川を隔てた対岸にあるバージニア州アーリントン郡は、都市部と郊外を合わせ持つ地域で、単一の郡行政によって治められている。
米国のほとんどの郡では、ひとつの町または市が郡庁所在地に指定され、ここに郡庁舎が置かれて、郡行政委員会か郡管理委員会かどちらかの会議が開かれる。小さい郡では、郡全体から委員が選出されるが、大きい郡では、郡内の個別の地区や町区を管理委員が代表する。行政、管理いずれかの委員会は、徴税、予算の借り入れと割り当て、郡職員の給料の設定、選挙の管理、高速道路や橋梁の建設と保全、そして国家・州・郡レベルの福祉計画の実施などを行う。
米国には、都市政府と見なされるには小さすぎる地方自治体がたくさんある。これらは、町や村として認可を受け、道路の舗装や街灯、給水の確保、警察・消防業務の提供、地域の保健規則の設定、ゴミ収集や下水など廃棄物処理の世話、政府の運営を支える地方税の徴収、そして州や郡との協力による地域の学校組織の直接運営など、その地域のニーズだけに対応する。
町村政府は通常、公選の委員会または議会に委ねられる。これらは、町議会ないし村議会、代表者委員会、監理委員会、行政委員会など、さまざまな名称で呼ばれている。こうした委員会には、最高行政責任者の機能を持つ議長または委員長がいる場合もあれば、公選の町(村)長がいる場合もある。政府職員には、書記、出納係、警察官、消防士、保健福祉職員などがいる。
地方政府に独特の特徴としては、主として米国ニューイングランド地方で見られる「タウンミーティング(町民会議)」がある。年に1回、あるいは必要ならば 2回以上、町の登録有権者が公開会議を開き、役員の選出、地域の課題に関する討論、そして政府運営に関する法律の可決を行う。タウンミーティングは、組織として、道路の建設・修繕、公共の建物や施設の建設、税率、町の予算に関する決定を下す。2世紀以上の歴史を持つタウンミーティング制は、政府権限が誰かに委任されるのではなく、住民全員によって直接かつ定期的に行使される、直接民主制の最も純粋な形態としてしばしば引用されている。
ここで取り上げた連邦、州、および地方政府が、米国の政府組織のすべてではない。米国商務省の国勢調査局によると、米国には、郡、市、町、学区、特別区などを含め、8万4955もの地方政府の単位が存在する。
米国民は、建国の初期には国民が自ら行っていたさまざまな責務の実行を、各政府に頼るようになった。植民地時代には、大きな町でさえも、警官や消防士はほとんど存在せず、政府が街灯や道路の清掃を提供することもなかった。概して、人々は自分の財産は自分で守り、家族のニーズには責任をもって自分で対応した。
今日、こうしたニーズを満たすことは、政府を通じて実行される地域社会全体の責任事項と見なされている。小さな町でさえ、警察、消防、福祉、保健といった機能は、政府が提供している。かくして、数多くの行政区が迷路のように並んでいるのである。



リサーチ・レファレンス