|
|
![]() |
カンザス州トピカで宣誓する新米弁護士たち。彼らの活動舞台は、カンザス州裁判所とカンザス地区連邦裁判所になる。最近の推定では、米国には95万人以上の弁護士がいる。(AP/WWP) |
![]() |
全国規模の一流大手法律事務所は、調査活動をはじめ正弁護士たちのおびただしい量の仕事を手助けするため、アソシエイト弁護士、司書、法律事務員を雇っている。(© Bob Daemmrich/The Image Works) |
![]() |
起訴された被告が弁護士費用を支払うことができない場合(上の写真に、そうした被告が裁判官に向かって立っている)、地域によっては公選弁護人が被告の代理を引き受ける。(© Syracuse Newspapers/John Berry/The image Works) |
![]() |
アメリカ自由人権協会(ACLU)は、1925年の「モンキー(猿論)裁判」で、進化論を教えることを禁じたテネシー州法に異議を申し立てた生物学教師のジョン・T・スコープスを弁護するため、クラレンス・ダロー(左)を派遣した。ウィリアム・ジェニングス・ブリヤン(右)は、聖書の専門家として、検察側のために証言した。(AP/WWP) |
![]() |
両親と妹に伴われたリンダ・ブラウン(左)。「ブラウン対教育委員会事件」は画期的な裁判となった。(© Time Life Pictures/Getty Images) |
![]() |
アーミッシュ派の若者、エーブ・ヨーダー。彼の父は、州法で定めている16歳までの子供の義務教育を(宗教上の理由で)守らなかった。これを理由に、ウィスコンシン州当局はほかの数人の親とともに彼を訴追した。信教の自由をめぐるこの裁判では、支援団体が被告の弁護に立ち上がった。(AP/WWP) |
本章では、裁判の過程における3人の主役、すなわち弁護士、訴訟当事者、そして利益関係団体に焦点を当てる。
米国の裁判官は、個人や団体の間に意見の不一致や紛争が生じ、それが裁判所に提訴された場合にのみ判断を下す。これらの対立する者同士は、一般に、訴訟当事者と呼ばれる。彼らは少額裁判所のような小さな法廷の場合は、自ら弁論に立つこともあるのだが、重要な裁判の場においては、ほとんどの場合、弁護士が代理人を務める。この章では、法曹界について考察したあと、裁判の過程における個々の訴訟当事者と利益団体の役割について述べる。
米国における弁護士の訓練とその実務は、長い年月をかけて進化を遂げてきた。今日、米国の法律専門家は、さまざまな環境や状況の中で活動している。
開拓時代(1607~1776年)の米国には、法曹に関心を持つ者を訓練するロースクールはなかった。若者の中には英国へ渡り、法曹学院(Inn of Court)に通って教育を受けるものもいた。法曹学院は正式なロースクールではないが、英国の法律文化の一部であり、学生が英国法に親しめるようになっていた。当時、法律家を目指す者は、通常、実績のある弁護士のもとで法律事務員や、見習いとして働いた。
独立戦争(1775~1783年)の後、司法教育も弁護士開業も特に難しくなかったため、弁護士の数は急激に増えた。法律家としての訓練を受けるための最も一般的な方法は、依然として、見習いになることだったが、一方でロースクールが姿を見せ始めた。事務職や見習いの教育を専門的に行っていた法律事務所の集まりの中から、初期のいくつかのロースクールが誕生した。この種の学校の中で最初のものは、1784年に設立されたコネチカット州のリッチフィールド・スクールである。この学校は、講義方式で指導し、商法を重点的に教えた。やがて、いくつかの大学が一般履修科目の1つとして法律を教え始め、1817年、ハーバード大学に独立したロースクール(法学部)が設立された。
19世紀の後半、ロースクールの数は激増し、1850年の15校から、1900年には102校まで増えた。当時のロースクールと今日とでは、2つの大きな違いがある。先ず、当時のロースクールに入る場合は、通常、事前の大学での教育必要とされていなかった。2つ目の違いは、1850年当時、標準的なロースクールは1年間で履修科目を修了することができた。1800年代後半になると、多くのロースクールは2年制とした。
1870年、その後の法律訓練に決定的な影響を与えた大きな変化が、ハーバードで始まった。ハーバードは、それまでよりも厳しい入学資格を設けた。学士号を持たない学生は、入学試験に合格しなければならなくなった。1871年、法学部の履修課程は2年制となり、1876年には3年制になった。さらに、学生は2年生の履修課程に進級する前に、初年度の最終試験に合格することが必要となった。
しかし、最も決定的な変化は、「ケース・メソッド(判例研究方式)」による教育法の導入である。この方法により、講義や教科書に代わり、採決事例集が用いられるようになった。採決事例集(実際の訴訟記録の選集)は、法の原則と、それらが持つ意味の発展過程について説明することを目的としている。当時の教師たちはソクラテスの問答方式を用いて、学生が裁判の事例の中から、法的な概念を発見するように指導した。ほかの学校も、結局はハーバードの教育方法を採用し、今日に至るまで、事例研究が多くのロースクールで広く受け入れられた教育方法となっている。
1800年代後半、法律家に対する仕事の需要が高まり、これに対応してロースクールの新設にも拍車がかかった。その開校には費用はさほどかからず、弁護士や裁判官をパートタイムの教授陣として迎えた夜間学校も数多く出現した。教え方も厳しいとは言えず、カリキュラムも地元での開業に合わせたものになる傾向があった。こうした学校が果した主な役割は、移民で貧しい労働者階級の学生に教育を受ける機会を与えたことである。
20世紀になると、法律を学びたいという人々の数が飛躍的に増大した。1960年代には、志願者が非常に多くなったため、ほとんどの学校で、学生の選抜基準が厳しくなった。同時に、学校に対する社会的な圧力が高まった。訴えられることを恐れて、多くのロースクールが女性や少数民族の志願者を積極的に募集するようになった。
また、1960年代までに、いくつかのロースクールのカリキュラムが拡充され、市民権法のほか、法律と貧困の問題などの社会的関心事も含まれるようになった。さらに国際法を学ぶ課程も設けられた。最近のロースクールの傾向としては、入学登録から、勉強に関する指示、裁判所の書式の入手、学生のサービスに至るまで、あらゆる面でコンピューターが利用されていることがあげられる。また、知的財産権という、近年目覚ましい発展を遂げてきた分野の履修課程や、特別プログラムを提供するロースクールが増えつつあることも注目に値する。最後に、弁護士による宣伝広告の利用が増えたことが、法曹界に多大な影響を及ぼした。今や、新しい顧客を得るため、テレビ宣伝する弁護士も全米で見られるようになった。さらに、宣伝の利用によって増えた仕事をこなするために設立された法律相談が急速に普及した。
米国の弁護士の数は、過去半世紀の間に着実に増え、現在では推定95万人以上もいる。これほど多くの弁護士が、全米のどこで仕事を見つけているのだろうか。
その答えは、ロースクール入学委員会(The Law School Admission Council)が発行している『米国のロースクール公式ガイド』の2001年版(The Official Guide to U.S. Law Schools, 2001 Edition)から知ることができる。米国の弁護士のおよそ4分の3(72.9%)は個人的に開業しており、小さな1人だけの事務所を構えている人もいれば、規模の大きい法律事務所で働く人もいる。全体の約8.2%は政府機関で働いており、約9.5%が民間企業や団体で弁護士や支配人として勤務している。約1.1%は、法律扶助団体で働いたり、公費選任弁護人として、弁護士費用を支払うことができない人々の代理を務めたりしている。また1%が司法教育に従事している。米国の弁護士のおよそ5%は引退してしまったか、または休業中である。
米国の弁護士は専門的に受けた訓練をさまざまな分野で生かしている。ある分野の仕事は、ほかよりも高い収益性と尊敬が得られている。その結果、法曹の仕事には、いわゆる職業的階層分化が生じている。
弁護士としての威信の高さを決めるひとつの大きな要素は、法律の専門分野の種類と、依頼人の種類である。大企業と巨大組織のために働く専門性を持った弁護士が上層部を占める。個人の代理人となる弁護士が、下層部に位置する。
威信階層の頂点に立つのが、全米規模の大手法律事務所である。こうした法律事務所の弁護士は、法廷に立つよりもむしろ、依頼人に対する相談業務で知られている。依頼人は高度な法務能力に見合う費用の支払能力がなければならない。従って、依頼人は個人よりも大企業である場合が多い。しかしながら、こうした全米規模の大きな法律事務所の多くは、市民的権利や市民的自由、消費者の利益、環境保護運動などを促進するために、((pro bono)(「公共のための」または「無料」を意味するラテン語)という法律サービスを提供している。
米国の一流大手法律事務所は、共同出資者とアソシエイトで構成される。パートナー(共同出資者の正弁護士)とアソシエイト(雇用された平弁護士)で構成される。パートナーたちが法律事務所を所有し、その事務所の利益の一部を収入として得る。アソシエイトには給与が支払われ、実質的に共同出資者のために働く。これら最大手の法律事務所になると、国内のロースクールの優秀な卒業生の獲得にしのぎを削っている。最も威信の高い事務所は、250人以上の弁護士を抱え、さらにパラリーガル(弁護士資格はないが、法律に関する日常業務を処理するために特別の訓練を受けた者)や総務担当者、司書や秘書など、数百人を雇っている。
一流の法律事務所に所属する弁護士の1段下に格付けされるのは、大手企業に雇用されている弁護士である。多くの企業は、全国的な法律事務所を、社外法律顧問として使っている。だが、社内法律顧問として弁護士を雇い入れる企業も増えている。企業の中には、法律職の数が民間の法律事務所に匹敵するところもある。こうした企業は、最優秀なロースクール卒業生を獲得しようと、同じような最大手の法律事務所と競合している。
社内の法務部は、法廷で企業の代理人を務める代わりに(必要な場合は、通常、社外法律顧問がこの仕事を担当する)、現代の企業が直面する多数の法律問題を処理している。例を挙げると、法務部は、その企業の人事制度が、雇用や解雇の手続きに関する連邦や州の規則を遵守するよう監督している。企業弁護士は、役員会に対して、契約の合意、合併、株式売却、その他の商務に関して助言することもある。また企業弁護士は、特定の仕事に適用される法規に関するについて社員に指導を支援し、そうした法令の遵守の徹底を図ることもある。大企業の法務部は、社外弁護士との橋渡し役も務めている。
米国の弁護士の大部分は、信望という点では、法曹界階層の「下」の格付領域で働いており、全米規模の大手法律事務所や大企業で得られるような高収入は見込めない。しかし、彼らの活動範囲は幅広く、米国の法廷で日常的に見かけることが多い。こうした弁護士の仕事は、損害賠償訴訟における依頼人の代理、犯罪被疑者の訴追や弁護、離婚係争中の夫や妻の代理、不動産取引の支援、遺言状作成の手伝いなどで、これらもほんの一例にすぎない。
政府機関のために働く弁護士は、通常、下の方の格付けに属する。連邦司法長官や連邦司法次官のように、非常に権威ある職位もあるが、多くの弁護士は目立たない、低収入の地位で、骨の折れる仕事をしている。このため多くの弁護士は、連邦、あるいは州レベルの裁判官としてのキャリアを選択する。
法曹の専門性についてのもうひとつの特徴は、原告側弁護士と被告側弁護士の違いにある。前者は訴訟を提起するのに対して、後者は、民事と刑事事件で、不正行為で告発された者たちを弁護する。
政府の弁護士は、事実審裁判所から,州や連邦の控訴裁判所に至るまで、司法手続きのあらゆる段階で働いている。
連邦検察官 各連邦裁判地区には、連邦検察官が1人、それに1人あるいは複数の連邦検察官補が配置されている。彼らは、連邦地裁の法廷で、刑事事件の被告を訴追する。また連邦事実審裁判所で合衆国政府が提訴され、被告となる場合は、国を弁護する。
連邦検察官は、大統領から任命され、上院で承認される。候補者は任命される地区に在住し、弁護士資格を持っていなくてはならない。彼らは、4年間の正式任期を勤めるが、大統領の裁量により、再度、期限を特定することなく指名されることもあるし、解任されることもある。連邦検察官補は、連邦司法長官から正式に任命されるが、実際は、その地区の連邦検察官によって選ばれ、その人選は、司法長官に送られて認証される。連邦検察官補は、司法長官に解雇されることもある。
訴追者としての職務執行上、連邦検察官は、どの事件を訴追するかの決定について、かなりの裁量を持っている。また、どの民事事件を示談で解決するか、どの事件を公判にかけるかを決定する権限も持つ。従って連邦検察官は、連邦地方裁判所の審理すべき事件に大きな影響を与えることができる立場にある。また、連邦検察官とそのスタッフは、地方裁判所の訴訟に、ほかの誰よりも関与しているので、連邦事実審裁判所における政策策定で、重要な役割を果たしている。
州レベルの検察官 州の刑法違反で告発された者を起訴するのは、一般に、地方検事と呼ばれる人々である。たいていの州では、郡の公務員として選挙で選ばれる。郡の公務員である。しかしいくつかの州では、選挙ではなく、任命されたものが務めている。通常、地方検察局は、実際の裁判関連業務のほとんどを担当する、多くの検事補を雇用している。これら地方検事補のほとんどは、ロースクールを卒業して間もない者で、こうした職務の中で裁判の貴重な実務経験を積む。その多くは、後年、民間の法務に携わり、刑事事件の被告側弁護士になる者が多い。その多くは、数年後、地方検事、あるいは裁判官になることを目指す。
地方検察局は、事件の取り扱いでかなりの裁量権を持っている。予算と人手の制約があるので、すべての訴訟に同じだけの時間や労力をつぎ込むわけにいかない。従って、却下されたり、訴追を免れたり事件も出てくる。その一方では、法廷で厳しく責任を追求する事件もある。しかし、ほとんどの訴訟で事件処理は、司法取引に左右される。これは、地方検察局が、ある被告による有罪答弁を(plea guilty)受け入れる代わりに、起訴内容の軽減ないしは一部の取り下げに承諾することを意味する。
公選弁護人 州、あるいは連邦の刑法違反で訴追された者が、しばしば被告側弁護士費用を支払えないことがある。地区によっては、公選弁護人として知られる政府職員が、経済的に困窮した被告の代理人となる。従って、公選弁護人は、検事と相対することになる。地方検事と違い、公選弁護人は、通常、選挙で選ばれるのではなく、任命による。国内の地域によっては、全体の公選弁護人制度を設けているところがある。それ以外の地域では、公選弁護人は地方公務員で、通常は郡政府に所属する。地方検事と同じように、公選弁護人は助手や調査員を雇っている。
その他の政府の弁護士 州と連邦の両レベルにおいて、事実審裁判所よりも、控訴裁判所での仕事を主に行っている政府の弁護士もいる。例えば、各州には、その州の法律業務を担当する検事職員を監督する州司法長官がいる。連邦レベルでは、司法省が国に代わって同様の職務を担当している。
連邦司法省 司法省は連邦政府の行政府に属するが、当然のことながら司法府と関係がある。連邦裁判所で審理が行われる訴訟の多くは、何らかの形で連邦政府を巻き込んだものである。政府が訴えられることもあるし、逆に、政府を提訴することもある。いずれの場合も、弁護士が政府を代弁しなければならない。連邦政府が関わる訴訟のほとんどは、司法省が扱う。その他の多くの政府機関も弁護士を職員として数多くの法務官を抱えている。
司法省の法務次官室は、最高裁が審理する事件で、非常に重要な役割を果たしている。同省には、いくつかの法務関係局があり、それぞれ専門分野の弁護士を抱え、法務官がいて、司法長官補が統括している。法務関係局は、連邦検察官が提起する訴訟手続きを監督し、控訴裁判所へ事件を申し立て、最高裁が審理する裁判で訟務長官室を補佐する。
連邦司法次官 連邦司法次官は、司法省において第3位の地位に相当する高官で、5人の補佐官と約20人の司法次官補が補佐している。司法次官の主な役割は、最高裁が審理すべき事件、および審理しない事件を、国を代表して決定することである。行政府の省庁が控訴裁判所での訴訟に敗れ、最高裁判所への上訴を希望する場合はいつでも、当該省庁が司法省に最高裁への裁量上訴の手続きをとるよう要請することになる。司法次官は、下位裁判所の判決を上訴するか否かを決定する。
こうした決定に際しては、多くの要因を考慮しなければならない。恐らく、最も重要な判断材料は、最高裁が年度内に審理を行える訴訟の数が限られていることである。従って、司法次官は、当該の事件が最高裁の大掛かりな審理に値する内容かどうかを判断しなければならない。司法次官は、最高裁の審査を求めるか否かを判断するほか、高等裁判所での審理では、政府側の主張のほとんどを、自ら法廷で弁ずる。
州司法長官 各州には、法務関係職員の長として司法長官がいる。ほとんどの州で、この公務員は党派を明らかにした全州選挙で選ばれる。司法長官は、主として州が関係する民事事件を主に担当する検事職員を監督する。刑事事件の被告の告発は、一般に、各地区の地方検事が担当するが、州司法長官事務所は、しばしば全州規模の犯罪事件の捜査で重要な役割を担う。かくして、司法長官とそのスタッフは、地区の地方検事と密接に連携し、特定事件の被告に対する公判に備える。
州の司法長官はまた、州や地区の機関に対し、勧告的意見を示す。こうした意見は、しばしば、州法の中でまだ司法判断が下されていない部分についての解釈である。こうした勧告的意見は、最終的には、裁判所に持ち込まれて覆されることもあるものの、司法長官の意見は、州や地区の機関が行動を決める上で重要である。
米国の刑事事件の裁判では、被告は自分を代弁する弁護士をつける憲法上の権利を保障されている。管轄区域によっては、経済的に余裕のない被告人の代理のため、公選弁護人事務所を設けている。そのほかの地域にも、弁護士費用を払えない被告の代理として、民間の弁護士に担当させる措置が存在する。余裕のある被告人は自分で弁護士を依頼すればいいのである。
民事事件では、原告にも被告にも、弁護士をつけてもらえるという、憲法で保障された権利はない。しかし民事事件の領域では、法的問題が非常に複雑出、弁護士の手助けが必要になることがしばしばある。援助が必要な人には、通常、さまざまな種類の法的支援を利用の道が開かれている。
公選弁護人 経済的に不自由している被告人の代理として、民間弁護士を任命する必要がある場合、その選任は個々の裁判官がその都度行う。地元の法律家協会や弁護士たち自身が、そうした奉仕活動の意思のある弁護士リストを裁判所に提供していることも多い。
民間弁護人 個人的に開業している弁護士が、刑事事件の弁護を専門にしている場合もある。刑事事件の弁護人の生活は、テレビや映画では魅力的に描かれているが、平均的な現実の刑事事件の弁護人の仕事は、長時間勤務出、その割には報酬も社会的地位も低い。
刑事事件の法廷で働く弁護士や裁判官は、ひとつの仕事を集団で行うチームの一員になっている。それは、たまたま一緒に集まった初対面の者たちが、なにか特定の紛争にケリをつけ、その後は解散してしまうというような間柄ではない。
法廷で活動するチームの中で最も目立つ人びとは、すなわち裁判官、検事、被告側弁護士などは、それぞれ特定の役割を担っている。検事は、法律上の罪を犯して起訴された被告に有罪判決が下るように努める。被告側弁護人は、被告依頼人の無罪放免を求める。裁判官は、裁判の公正さを保障する中立の仲裁人となる。それぞれの役割は異なるが、法廷で働く人々は特定の価値観や目的を共有しており、多くの人々が想像するような激しい敵対関係にはない。裁判官、検察官、被告側弁護人の間の協力は、ごく当たり前のことなのである。
法廷チームの最も大切な目標は、事件の審理をてきぱきと効率的に進めることである。裁判官と検察官は、審理をさっさと終わらせて、効率的に見事に処理した、という結果を示したがる。具体案を示して、仕事が無駄なく、達成するように努める。民間の被告側弁護人も、経済的に生き残るには、出来るだけ多くの審理を処理する必要があるため、事件にすみやかに決着をつけることは、彼らにとっても望むところなのである。公選弁護人も、事件を審理する人手が十分でないという単純な理由から、迅速な処理を目指す。
法廷の作業チームにとって、次に重要な目標は、チームの結束を維持することである。チーム内にあつれきが生じると、仕事を進めにくくなるし、迅速な審理にブレーキがかかる。
最後に、法廷の作業チームは、不確実な事態を極力減らそう、招かないようにしようとしている。実際問題としては、これは作業チームの全員が、事実審理そのものを回避しようと努めることを意味する。事実審、とりわけ陪審裁判では、極めて不確実な事態が生じるものなのである。それは、多くの時間と労力を必要とされながら、相応の望ましい結果が保証されないからである。
迅速な処理とチームワークを目標を達成するため、法廷担当者はいくつかの手法を用いている。刑事裁判では、一方的な判決に至ったり、敵対的な法廷運営が行われたりすることはあるが、最も一般的な手段は交渉である。たとえば、継続審理(審理の延期)、審理日程、情報交換などさまざまな問題を、チーム内で交渉する。しかし、最も重要な交渉手段といえば、司法取引である。
刑事事件の被告は、憲法によって弁護士を代理人とする権利が与えられているが、民事事件の被告や、民事事件を提訴したいと希望する人には、代理人を用意してもらう権利がない。従って、弁護士を雇う資金的余裕のない人は、公正な判決を得ることが難しい。
こうした問題に対処するため、法律扶助サービスが多くの地域で行われている。1880年代後半には早くも、ニューヨークとシカゴに法律扶助協会が設立された。20世紀に入り、ほかに多くの大都市がこれにならった。法律家協会資金提供している法律扶助協会もあるが、たいていは民間の寄付で成り立っている。地域によっては、法律扶助局が慈善団体と提携している。多くのロースクールが余裕のない人たちへの法律扶助や、法科の学生に役立つ訓練を提供するため、法律相談所を運営している。これに加えて、多くの弁護士が「公益弁護活動」(pro bono publico=公益のために、という意味のラテン語)と呼ばれる、無料ないし低料金の法律サービスを提供している。それが職業上の義務だと彼らが心得ているからである。
法廷に持ち込まれる訴訟では、訴訟当事者が個人である場合もあるし、これら当事者が、ひとつないし複数の政府機関や企業、組合、利害関係団体、あるいは大学である場合もある。
個人や団体が裁判所に訴える動機は何なのだろうか。刑事事件では、この問いに対する答えは比較的簡単である。要するに、州、あるいは連邦の刑法に違反したという申し立てにより、政府検察当局は刑法違反の罪で当事者を起訴するのである。しかし、民事事件の場合だと、答えはそれほど簡単ではない。苦情をすぐに裁判所に持ち込む人も、中にはいるが、多くの人は、時間や費用がかかるから、裁判はやめておこうということになる。
政治学者、フィリップ・クーパー(Phillip Cooper)は、裁判官が解決すべき紛争は2種類あると指摘している。すなわち、私法に関する事件と、公法をめぐる紛争である。私法についての訴訟は、一民間人ないし一民間組織が他者を訴えるものである。公法をめぐる紛争では、民間人ないし民間組織が、政府機関ないし公務員に対して憲法ないしは法律で制定された権利を侵害したと主張するものである。クーパーは、著書『困難な司法的選択(Hard Judicial Choices)』の中で、「訴訟行為は、公法についての争いであろうと私法についてであろうと、政策を問題にしているか、補償を求めているかのどちらかである」と述べている。
私的訴訟、つまり補償を求める通常の訴訟の例で典型的なものを挙げると、自動車事故で怪我をした人が、治療代に対する補償として、相手の車の運転者に金銭的損害賠償を求める場合がある。この種の訴訟は個人的なもので、政府の政策や企業の方針を変えさせることを目的としているわけではない。
しかし、私法に関わる事件であっても、政策にかかわるとか、実質的に政治的なものもある。個人的な被害や製造物責任(PL)の訴訟は、表面的には単なる純粋な補償の問題に見えるかも知れないが、民間企業の製造方法や業務慣行を変えるために利用されることもある。
ノースカロライナで起きたある事件が良い例である。この訴訟は、1993年、5歳の少女が、浅い子供用プールの排水口の上で、身動きできなくなったのが発端だった。その排水口の栓を、別の子どもがはずしていたためだった。排水口の吸引力がすさまじかったため、少女は救出はされたものの、大腸と小腸の大部分が体外に吸い出されてしまった。後遺症のため少女は、生涯、毎日約11時間、静脈内に栄養を送るチューブを付けなければならなくなった。1997年、陪審は少女の家族に対して、補償的損害賠償金2,500万ドルを認めた。そして、続いて陪審が次の懲罰的損害賠償を検討する前に、排水設備の製造業者とそのほかの2被告は、3,090万ドルの賠償金を払うことで和解が成立した。原告側の弁護士は、この訴訟により、国内の他の地域で起きた同様の事故が明かるみに出て、業界内部の者は知っていても、部外者にはわからないという実態の典型的な例を示した、と述べた。少女の家族が勝訴しただけでなく、ノースカロライナ州議会は、今後このような被害が二度と起きないよう、排水口を複数にすることを義務づける法律を通過させた。
一方、政治的ないし政策に関連する訴訟は、公法をめぐる論争である。つまり、こうした訴えは、政府を相手取り、主として政策やその行為が法律違反だと主張し、その中止を求めて提起される。損害賠償やそのほかの特定の救済方法を求める場合もある。その良い一例が、連邦最高裁判所が判決を下した「ルーカス対サウスカロライナ州沿岸局事件」の裁判である。サウスカロライナ州の海岸管理法は、デービッド・H・ルーカスに対して、本人が所有する、海岸に面した2区画の土地に、一世帯用の住宅数戸を建てることを禁じた。サウスカロライナ事実審裁判所は、ルーカスが受けた損失に対して、彼は補償を受ける権利があるとの判決を下した。ところがサウスカロライナ州最高裁が、この事実審裁判所の判決を覆したため、ルーカスは連邦最高裁に上訴した。最高裁は、ルーカスの訴えを認め、財産所有者が自己の財産を経済的に有効利用することをすべて否定された場合、「財産権の侵害(taking)」が生じるので、憲法は、所有者に対して損失補償を行うことを命じていると述べた。
政治、または政策についての訴訟は、事実審裁判所より控訴裁判所でしばしば見られ、一番多いのが連邦最高裁においてである。通常の補償に関する訴訟は、裁判が始まって早い段階で終わることが多い。これは、訴訟当事者が和解するか、事実審裁判所の評決を受け入れる方が得だと考えるためである。しかし、政治的裁判の訴訟当事者が、自分たちの政治目的を促進させるため、下位裁判所での勝利に努力することは、ほとんどない。むしろ彼らは、もっと世間の注目が集まる控訴裁判所での判決を望んでいる。控訴裁判所で争うには費用がかかるため、このレベルまで到達する多くの訴訟は、何らかの形で、関連する支援団体の支援を受けている。
利益団体は恐らく、立法機関や行政機関の決定に影響力を及ぼそうとしていることで、より知られているが、法廷でも政治目的を追求している。団体によっては、行政や立法という政府機関のどちらよりも、司法機関の方が自分たちの取り組みに理解があると考えている。連邦議会や州議会で大がかりなロビー活動をするだけの資金力を持たない利益団体は、弁護士を雇い、憲法ないしは法律上の問題条項を見つけて、訴訟を申し立てる方が、ずっと手軽だと考えているかも知れない。同じように、小さな団体で登録有権者がほとんど所属していない、小さな団体の場合は、立法府や行政府の役人に対して、大きな影響を与えるような政治力に乏しいこともある。しかしながら、多くの会員を擁しているとか、政治的影響力を持つかどうかということは、法廷に提訴するための必須条件ではない。
利益団体は、司法府の方が行政・立法の2つの機関よりも、彼らの政治的目的に共感してくれるため、裁判を頼りにすることがある。1960年代を通して、リベラルな政策を目標を持った利益団体が、特に連邦裁判所を舞台によくがんばっていた。さらに、公益法律事務所の存在もこの時期に広く知られるようになった。公益法律事務所は、消費者の権利、雇用上の差別、職場の安全、市民的自由、環境問題など、一般的な公共の利益に役立つ訴訟に取り組んでいる。
1970年代から80年代にかけては、保守的な利益団体が、それまでよりも頻繁に連邦裁判所への提訴をあてにするようになった。これは、リベラルな利益団体が成功を収めたことの反動という側面もあった。また、連邦裁判所の法廷が、保守的な見解にとって次第に好ましい場になっていったことも、一役買っている。
利益団体が裁判手続きに関与する仕方には、その団体の目的によって、多少の違いがある。しかし、特に目立つ戦術が2つある。1つは「テスト・ケース訴訟」への参加出、もうひとつは「法廷助言者」(amicus curiae=ラテン語で法廷の友の意)を通して、法廷に情報を提供することである。
裁判所が政策決定にかかわるのは、特定の事件について判決を言い渡すことによってのみである。このため、利益団体の戦術のひとつは、自分たちの政治目的を達成する上でふさわしい訴訟は、間違いなく提訴する、ということである。いくつかの場合、このことは利益団体が訴えのきっかけを作り、必要な人的、資金的支援を、すべて提供することを意味している。この種の支援でよく知られた例は、「ブラウン対教育委員会事件」(1954年)である。この裁判で、カンザス州トピカ教育委員会に対して訴訟を起こしたのはリンダ・ブラウンの両親だったが、「全米有色人種地位向上協会(NAACP)」は、最高裁判所に至るまでの訴訟に一貫して必要な法律的支援と資金を提供した。後年、最高裁判所判事になったサーグッド・マーシャル(Thurgood Marshall)が、原告とNAACPに代わって弁論を行った。その結果NAACPは、公立学校における人種隔離は合衆国憲法修正第14条がうたう平等な保護条項に違反する、という最高裁の判断を得て、勝訴したのである。
利益団体は、ほかの誰かが提訴した裁判でも、自分たちにとって重要な問題を提起してくれる場合には、支援に乗り出すこともある。そうした状況を示す好例が、宗教の自由をめぐる「ウィスコンシン州対ヨーダー事件」である。この裁判は、ウィスコンシン州がジョナス・ヨーダーたちを、州法違反で訴追したことに端を発する。その理由は、被告たちが州法で定めた「16歳までには就学しなければならない」との義務を果たさず、自分の子供たちを学校に入れなかった、というものだった。アーミッシュ派の信徒だったヨーダーたちは、8年生を越える学校教育は、彼らが信仰している価値観を崩し、「自分の子どもたちに世俗的悪影響」を及ぼすと主張した。
「全米アーミッシュ信仰の自由委員会」(NCARF)と呼ばれる組織が、ヨーダーたちの弁護を申し出た。事実審裁判所で、アーミッシュ側が敗訴した後、NCARFはウィスコンシン巡回裁判所に控訴した。だが、巡回裁判所は一審を支持した。この事件はウィスコンシン州最高裁所に上訴された。同裁判所は、学校教育を強制する同州法は、合衆国憲法修正第1条が言う宗教の自由に違反しているとし、アーミッシュ側が逆転勝訴した。するとウィスコンシン州は、連邦最高裁に上訴した。1972年5月15日、連邦最高裁は、「16歳まで学校教育を強制する法令」に対してNCARFが申し立てた宗教的異議を、正当と認め支持した。
こうした例が物語るように、利益団体の訴訟への関与は、最高裁判所で争われる大きな憲法問題に関する裁判に集中している。しかし、米国の最上位の裁判所まで到達する訴訟の比率は、全体の中では非常に低く、利益団体の弁護士にとって、その仕事のほとんどは、下位の裁判所での日常業務の処理である。またこれらの弁護士は、控訴裁判所に持ち込む重要なテスト・ケース訴訟のお膳立てではなく、単に、彼らの団体の関係者が抱える法律的問題に取り組むよう求められることもある。
1950年代から1960年代の公民権運動が続いた期間、具体例を挙げると、公益弁護士は、主要な市民的権利の問題を提訴しただけでなく、地元当局との間で困難な問題に直面していたアフリカ系米国人や権利運動活動家の弁護も行った。当時、こうした利益団体の弁護士は、専門的な法律扶助協会の仕事の多くをこなしていた。彼らは社会変革を目指す重要な運動の参加者者たちのために法的代理人を務めていた。さらに、問題を裁判所に次々と訴えることにより、アフリカ系米国人の窮状に社会の野関心を集めるという重要な役割も果たした。
「法廷助言者」の準備書面の提出は、利益団体が裁判に関与できる、最も容易な手段である。この方法は、法廷関係者の許可を得て、ある団体が上記の書面を法廷に提出できるものだが、それによって審理が支配されるというものではない。訴訟当事者と裁判所が許可すれば、利益団体は法廷助言者の準備書面を、当事者の弁論を補強するものとして提出できる。法廷助言者の準備書面の提出は、連邦、州のどのレベルを問わず、事実審裁判よりも、むしろ控訴裁判で取られる戦略である。
時として、こうした準備書面は、訴訟当事者の一方の立場を強化することを狙って出されることもある。「ウィスコンシン州対ヨーダー事件」が連邦最高裁で争われた際には、以下の野グループが、アーミッシュ側の主張を支持する法廷助言者の準備書面を提出した。すなわち、セブンスデー・アドヴェンティスト(安息日再臨派)教会本部(the General Conference of Seventh Day Adventists)、全米キリスト教会協議会(the National Council of Churches of Christ in the United States)、アメリカ・シナゴーグ協議会(the Synagogue Council of America)、米国ユダヤ人会議(the American Jewish Congress)、全米ユダヤ人法律・広報委員会(the National Jewish Commission on Law and Public Affairs)、メノー派教徒セントラルコミッティ(the Mennonite Central Committee)など諸団体である。
このほか、法廷助言者の準備書面は、時に当事者の一方の弁論を強化するためではなく、むしろ、当該団体が裁判所に対し、事件をどのように解決すべきか見解を示唆するために用いられる。法廷助言者の準備書面は、しばしば、下位裁判所の判決の審査を行うか却下するかの判断に際して、控訴裁判所を説得することを目的として提出される。連邦最高裁に関する調査によると、法廷助言者の準備書面が提出されている場合、最高裁が事件を正式審理する可能性は著しく高まるという。
民間の利益団体とは異なり、政府のすべてのレベルの機関は、許可を受けることなく、法廷助言者の準備書面を提出することができる。連邦司法次官は、この点で特に重要で、連邦最高裁が司法次官に対して、法廷助言者の準備書面の提出を求めることもある。



リサーチ・レファレンス





