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ロナルド・レーガン大統領は、1981年、連邦最高裁判事として サンドラ・デイ・オコーナー(右) を指名し、ジェンダーの壁を打ち破った。夫のジョン・ J・オコンナー (中央)が2冊の聖書を手に持ち見つめる中、ウォーレン・バーガー長官(左)が、彼女を宣誓就任させている。(AP/WWP) |
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リンドン・B・ジョンソン大統領(右)により、1967年、アフリカ系米国人として初めて連邦最高裁判事に指名されたサーグッド・マーシャル (左)。(© Hulton Archive/Getty Images) |
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ニューヨーク州の市民権取得セレモニーを主宰する2人の連邦地方裁判所裁判官。(© Syracuse Newspapers/The Image Works) |
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任命された連邦裁判官に祝福の言葉を述べるジョージ・W・ブッシュ大統領。 (AP/WWP) |
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パネルディスカッションで発言する、ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所のコンスタンス・ベイカー・モットリー上席裁判官(右)。(AP/WWP) |
連邦裁判所の主役となる人物は、男女の裁判官および判事たちである。
彼らはほかの市民たちとどのような特徴で区別されるのか。裁判官に任命される資格は、公式および非公式に、どのようなものなのか。裁判官はどのようにして選ばれ、選任手続きにはどのような人が関わるのか。裁判官は、どのようにして裁判官としてのあり方を学ぶのか。 裁判官にはどのような規律があり、いつ職務から解かれるのだろうか。
米国人は、最貧の境遇に生まれた人物(例えば、エイブラハム・リンカーン大統領など)がいつか大人になり、米合衆国大統領か、少なくても連邦裁判官にはなることはできる―。米国人はこうした観念にしがみついている。たいていの神話と同じように、この考え方には確かに真実も隠れている。原則を言えば、誰でも傑出した公職者になれる可能性はある。貧しい生い立ちから権力の頂点まで登りつめた人物の良く知られた実例をいつくか挙げることもできる。しかしながら、米国の連邦裁判官は、ほかの官僚や商工業界の大立者と同じように、中流か中流の上の階層の出身者であることが多い。
210年に及ぶ過去の連邦地方裁判所のすべての判事の経歴は収集されていないが、最近数十年間に任官した裁判官については、かなりのことが知られている。
連邦裁判所判事の最大のグループは、就任する前は、州ないしは地区レベルの裁判官を務めていた。次に多いグループは、政界や官公庁、あるいは中ないし大規模の法律事務所で雇用されていた人々である。グループとして一番少ないのは、小規模の法律事務所で働いていた人や、大学教授だった人たちである。
裁判官の学歴を見れば、彼らのエリート性が、かなり浮き彫りになる。全員が大学卒で、そのうち約半分は、学士号と法律の学位を取得するために、学費の高い伝統的名門のアイビーリーグ校か、あるいはそのほかの私立大学で学んでいる。また、裁判官が一般の国民と異なる点は、「職業的遺伝」ともいうべき傾向が強いことである。つまり裁判官には、司法や公職に就く伝統のある家の出身者が多い。
米国の人口の51%は女性だが、裁判官は、ほぼ例外なく男性で占められてきた。地方裁判所の女性裁判官の比率は、ジミー・カーターが大統領(1977-1981)に就任するまで、2%に満たなかった。現状を変えようという意識的な努力にもかかわらず、カーターが任命した地裁判事のうち、女性が占める比率は、わずか14.4%に過ぎなかった。民族的少数派に属する裁判官の数もまた、その絶対数だけではなく、総人口と比較しても少ないままである。最近まで、アングロサクソン系以外から多くの連邦裁判所の裁判官を指名した大統領は、21%以上を指名したカーターだけだった。ビル・クリントン大統領の政権時代(1993-2001)に、劇的な変化が起きた。就任後の最初の6年間に、指名した判事の49%は、女性か少数派に属していた。
地方裁判事は、10人中約9人の割合で、指名した大統領と同じ政党に属している。歴史的にも、約60%が、党派性の強い活動の経歴を持っている。
典型的な裁判官は、任命された時点での年齢が49歳である。大統領の違いによる年齢幅は少なく、が、ここ何十年間も、政権交代による目立った変化はない。
控訴裁判所の裁判官は、事実審裁判所の裁判官と比較して、以前に司法経験を積んだ者が多い。また、ほかの裁判官より比率が高いわけではないが、やはり、私立およびアイビーリーグの大学出身者である。
政党との関係に関しては、地方裁判所と控訴裁判所の裁判官指名には、ほとんど違いはない。しかし、控訴裁判所の判事の方が地方裁判事よりも、所属する政党で積極的に活動している傾向が若干みられる。
クリントン大統領は、裁判官の顔ぶれに米国の男女比や人種の比率をより正確に反映させたいとし、その意欲は控訴裁判所の裁判官指名に現れた。彼が任命した裁判官の3分1は女性で、過去のどの大統領よりも多くのアフリカ系、ヒスパニック系およびアジア系の人々を、控訴裁判所の裁判官に任命した。
代わって、ジョージ・W・ブッシュ大統領もまた、民族・性別の多様性に取り組む姿勢を見せてきた。例えば、彼が指名した地方裁判事のほぼ3分1が、「非伝統的」な人材、つまり女性と少数民族だった。
1789年以来、 106人の男性と2人の女性が米国の司法制度の頂点である最高裁判所の判事に就任した。多分、そのうちの10%は、本来は、貧しい家の出自のようだが、大多数の判事は政治活動に熱心な家庭の出身で、約3分の1は法曹関係か伝統的な法律関係に携わる家系に密接に関係していた。
1960年代まで、最高裁判事は全員が白人で、全員が男性だったが、1967年、リンドン・ジョンソン大統領はサーグッド・マーシャル をアフリカ系米国人として初の最高裁判事に指名した。マーシャルが1991年に引退したとき、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領 (ジョージ・W・ブッシュ大統領の父)は、別のアフリカ系米国人、クラレンス・トーマスを後任の判事に指名した。1981年、ロナルド・レーガン大統領 が、サンドラ・デイ・オコーナーを指名し、ここで、性別の壁が崩壊した。最高裁判事には、それから13年後、もう一人の女性、ルース・ベーダー・ギンズバーグが加わった。
判事の政治以外の経歴について言えば、108 人全員が法律の教育を受け、また全員が職歴上のある段階で、実務を経験している。最高裁判事に任命される直前に、州ないしは連邦の裁判官を務めていた人は22 %に過ぎないが、半数を超える判事は、最高裁判事に指名される前のどこかの時点で裁判官を務めていた。連邦の下位裁判所の裁判官と同じように、最高裁判事は、平均的米国人よりもはるかに政治活動に熱心だった。そして事実上、ほとんど全員が、自分たちを指名した大統領と、思想的、政治的志向の多くを共有していた。
連邦裁判所の裁判官としての正式な資格要件はないが、非公式の明確な要件は存在する。
毎年、民事事件になるかも知れない何千件もの紛争が、裁判なしに解決されている。それは、訴訟当事者になるはずの人が、裁判以外の方法で問題を解決したか、あるいは原告になるはずの人が提訴しなかったからである。裁判に頼るのか、争いをやめ和解しようと試みるのか、あるいは、単に問題を忘れるのか、という決断に迫られたとき、多くの人は単純な費用対効果で決めようとする。つまり、裁判にかかる費用と、勝訴により得られそうな利益を、天秤にかけるのである。
誰が連邦裁判所の判事の椅子に座るかを決めるには、非公式ながら、少なくとも4つの要因がある。それは、専門能力、政治的資質、自薦活動、そして幸運である。
専門能力: 連邦裁判官の候補者になるには、弁護士である必要はないが、専門能力に傑出した法律家を指名するのが慣例となっている。政治的には、大統領は旧知の仲間の労に報いるために、彼らに裁判官という「ほうび」を与えることができるが、伝統的に、裁判官候補者には、ある程度評価の高い優れた専門能力が期待されている。裁判官候補に対するこの期待度は、地方裁判所、控訴裁判所、最高裁判所と、段階が上がるにつれて、強まる。
政治的資質: 裁判官に指名される者のほとんどは、2つの理由で、なんらかの政治的活動をしたという経歴を持っている。まず、判事・裁判官の地位は、ある程度、政治的な役職配分構造の一部と、いまだに考えられている。つまり、党に貢献した者は、貢献しなかった者に比べて、連邦裁判所の地位を「ほうび」にもらえる機会が増える。2番目の理由は、裁判官志望者にとって、なんらかの政治的活動は必要だからである。政治的活動がないと、推薦してくれる大統領、上院議員、あるいは地元の党指導者の目に留まらないからである。
自薦活動: 連邦裁判所の裁判官になりたい、などと公言する人物は、威厳に欠け、裁判官としての気質に不備があると多くの人が思っている。しかし、かなりの数の法曹志望者たちは、目立たないように自分の任官運動を繰り広げたり、少なくとも、裁判官の地位に就く用意があることを、口伝えで広めようとする。積極的に指名を求めていることを自分から認める者はほとんどいないが、信頼できる向きの話では、法律家たちは、裁判官に空席ができたときに名前が挙がるような立場に、自分を置いておくことがしばしばあるという。
運の要素: ほとんどすべての裁判官の指名には、かなりの偶然性が働いている。ちょうどよい時期に、ちょうどよい政党に属していたとか、あるいは、タイミングよく実力者たちの目に留まったということがしばしば、職歴と同じくらいに、裁判官になれるかどうかに関係してくる。
裁判官を選定する枠組みは、すべての連邦裁判官に同じ基準が適用されるが、選定に参加者する人たちの役割は、裁判所のレベルによって違う。すべての指名は、大統領が行うが、当然のことながら、指名までにはホワイトハウス(大統領府)のスタッフ、司法長官の側近たち、何人かの上院議員、およびその他の政治関係者と、十分協議する。司法省の機関である連邦捜査局(FBI)が、該当人物について通常の身辺調査を行うのが通例である。指名が公表されると、その指名に利害関係を持つと考えるさまざまな団体が、候補者に対する賛成、反対のロビー活動を展開する。また、アメリカ法曹協会(ABA)の委員会までが、候補者の資格調査に乗り出してくる。候補者の名前は上院司法委員会に送られ、候補者がその職務に適性をもつかどうかの調査が行われる。委員会の投票で賛成が多数であれば、その指名案件は上院本会議に送られ、そこで単純多数決により承認ないしは否決される。
形式的には、大統領がすべての裁判官候補者を指名することになっている。だが、歴史的に見ると大統領は、下位裁判所よりも、むしろ最高裁判事の指名に、より多く関与してきた。これには、以下の2つの大きな理由がこれまであった。
第一の理由は、最高裁判事の指名は、大統領自身も一般国民も、下位裁判所の人事よりも重要であり、政治的に大きな意味を持つ、と見られているからである。大統領は、最高裁判事指名の数少ない機会を利用し、政治的見解を発信したり、政権の基本姿勢を打ち出したりする。例えば、米国が第二次世界大戦に参戦する前の緊迫した時期に、当時の民主党大統領、フランクリン・D・ルーズベルトは、国の団結を示すために、共和党のハーラン・フィスク・ストーンを最高裁長官に昇格させた。1969年、当時のリチャード・ニクソン大統領は、選挙公約である「法と秩序」の回復を果たすために、保守的なウォーレン・バーガー を指名した。1981 年、ロナルド・レーガン大統領は、女性解放運動に同情的でないという評判を払拭しようとして、女性を最高裁判事に指名した最初の大統領となった。
大統領が下位裁判所よりも最高裁判事の指名に多くの注意を注ぐ第2の理由は、下位裁判所の裁判官指名は、伝統的に、個々の上院議員や地方の党指導者がしばしば決定的な影響力を行使してきた分野だからである。彼らにしばしば独占されてきた。地方裁判所の裁判官指名に関しては、上院に敬意を払うことが慣習になっている。この慣習に基づき、大統領の政党に属し、候補者と同じ州から選出された上院議員が、上院司法委員会から候補者についての意見を求められる。特定の候補者に関する意見を述べることで、これらの上院議員は、事実上、意に沿わない候補者の指名を拒否できる立場にある。この慣習は控訴裁判所の判事指名には適用されないが、大統領は、控訴裁判所の所属する州から選出された、大統領与党の上院議員に委任するのが通例である。
裁判官の選定の過程において、大統領とホワイトハウスのスタッフを助けるのは、大統領から任命された司法省の重要人物2人、つまり司法長官と司法副長官である。彼らの主な仕事は、大統領が定めた一般基準に合った連邦裁判所の裁判官候補者を見つけ出すことである。いったん何人かの名前が挙がると、司法省職員が各候補者をさらに詳しく調べる。FBIに命じて、候補者の性格や経歴を調べることもある。通常は、候補者が執筆したすべての論文や講演の写しを読んだり、現職の判事・裁判官が提出する意見書に目を通したりする。候補者が党に対して忠誠かどうか、また、大統領の主要な政治的立場に同調しているかどうかを、地元の党指導者に確かめることもある。
地方裁判所の裁判官を指名する場合、たいてい、候補者の名前は地元選出の上院議員から提示されるので、司法省の役割は、提案係というよりむしろ審査係である。候補者リストに載るのが誰であろうと、司法省の主な責務は、候補者の個人的、職業的、政治的な資格要件を調べることにある。この役割を実行するに際して司法省は、ホワイトハウスのスタッフ、指名に関わる上院議員、および候補者の選定に何らかの口出しをしたがる党指導者たち、と密接に協力する。
地域の党指導者は、最高裁判事の指名にあたっては、ほとんど発言権がない。これは、大統領の権限が強大なためである。控訴裁判所判事の選定における彼らの役割も最小限にとどまる。しかし、連邦地方裁判事の選定では、彼らの影響力が恐ろしく非常に大きい。特に、2人の上院議員のどちらも大統領与党に属していない州の裁判官の指名では、その傾向が顕著である。このような場合、大統領はその州の上院議員よりも、自分の政党の州指導者たちと相談する傾向がある。
米国の左から右まで、すべての政治地図を代表する多くの圧力団体は、しばしば裁判官の指名をめぐり、賛成、反対のロビー活動を繰り広げる。これらの団体―市民的自由、企業、労働組合、および市民的権利を代表するグループ―の指導者たちは、ためらうことなく、自分たちと政治的・社会的価値観が異なる候補者の指名取り消しを大統領に訴えたり、自分たちの意中の候補者の指名を支持するよう上院に働きかける。利益団体は、連邦裁判所のすべてのレベルにおいて、指名に対する賛成、反対のロビー活動を展開する。
50年以上にわたり、アメリカ法曹教会(ABA )の連邦裁判官選任委員会は、連邦裁判事に指名される可能性のある人たちの、法律専門家としての資格を審査する上で、重要な役割を果たしてきた。米国のすべての巡回裁判管轄区を代表する15人のメンバーで構成されるこの委員会は、裁判官にふさわしい資質、専門的能力、および高潔性という3つの基準によって、候補者の審査を行う。委員会が承認した候補者は、「適格」または「十分に適格」のどちらかで評価される。一方、容認できない候補者には「不適格」のスタンプが押される。
上院の規則により、上院司法委員会は、すべての連邦裁判官の指名を検討し、上院本会議に勧告する。従って、同委員会の役割は、候補者になり得る人物の名前を挙げることではなく、すでに指名された個人を審査することにある。委員会は、すべての指名に関して聴聞会を開くが、その際、証人が召喚され、協議は秘密裡に行われる。地方裁判所の指名候補者に対する聴聞会は、大部分は形だけのものである。なぜなら(先述した)上院への敬意という慣習から、候補者が認められるかどうかは、事実上すでに決まっているからである。しかし、控訴裁判所の候補者と、そしてもちろん最高裁判所の候補者に関しては、委員会の聴聞会は厳しい審議の場と化す。
連邦裁判事の指名手続きの最終段階は、上院の多数による採決である。歴史的に見て、上院に割り当てられたこの役割に関しては、2つの一般的な見解が主流である。ジョージ・ワシントンの時代以来、歴代大統領と一部の学者は、大統領が選んだ人物に反対する極めて強力な理由がない限り、上院は大人しく支持すべきだという立場をとってきた。これに対し、ほかの学者やほとんどの上院議員は、上院は指名に関して、独自の決定を下す権限と義務を持つ、と考えてきた。実際問題として、判事・裁判官の承認手続きにおける上院の役割は、審議の対象となる連邦裁判官のレベルによって異なる。
地方裁判所の裁判官に関しては、上院に敬意を払う慣習が優先される。つまり、大統領が指名した候補者が、その就任予定の州から選出された大統領と与党の上院議員によって認められた場合、上院はその指名を喜んで承認するのが普通である。控訴裁判所の指名に関しては、1州の1人か2人の上院議員だけではなく、もっと多くの州が埋めるべき空席に関係してくるので、この慣習は適用されない。しかし、空席が生じた巡回区を構成する各州から選出された上院議員は、習慣として、候補者の指名を大統領に提出する。暗黙の了解として、巡回区を構成する各州は少なくとも1人の裁判官を巡回控訴裁判所に出すことになっている。さまざまな慣習が守られ、大統領指名候補者がかなり立派な資格を備えている限り、上院はたいてい、大統領が推薦した候補者に賛成する。
上院は、最高裁判事指名者の適格性について、意見が分かれた場合には、大統領に異議を唱える傾向が強い。(初代大統領が誕生した)1789年以来の歴代大統領は、計144人の最高裁判事指名者の名前を上院に提出し、助言と同意を求めてきた。そのうちの30人については、上院が拒否ないしは「無期延期」したか、大統領が指名を撤回した。かくして、大統領のこれまでの成功率はおよそ79%となるが、19世紀には候補者の3分の1を上院が拒否していたことを考えると、最近の成功率は向上しているようである。記録を見ると、大統領が最高裁判事に指名した候補者が承認される確率が最も高いのは、次のような場合である。つまり、候補者が議論の余地のない経歴の持ち主で政治的に中道である場合と、大統領の与党が上院の多数党であるか、あるいは、少なくとも過半数が大統領の基本姿勢と価値を共有している場合、である。
大学とロースクールで、未来の裁判官は、法律の基本的な内容に加え、分析と意思伝達のための重要な技能を習得する。20年から30年にわたる法律実務を経て、未来の裁判官は、法廷と法律がどのように実際に機能しているかについて多くを学び、法律のいくつかの分野の専門家になる。こうした準備は「先行的社会化」(anticipatory socialization)と時に呼ばれる。だが、それだけでは足りず、米国のたいていの新人裁判官は、裁判官としてのあり方について、まだ学ぶべきことがたくさんある。
米国では、職業裁判官になるための正式養成手段が存在しないだけでなく、10年ほど、弁護士の仕事をすれば、裁判官に必要な経験は十分身につくと思われている。しかし話はまるで逆で、米国で裁判官になるには、「新人社会化(freshman socialization)」(短期間での学習と新しい役割への順応)と「職業社会化(occupational socialization)」(長年にわたる実務訓練)を必要とする。
典型的な新任裁判官は、恐らく一流の法律家で、いくつかの法律分野における専門家だろう。しかしながら、裁判官としては、彼らはあらゆる法律問題に関する専門家であることが期待されている。また通常、弁護士としてこなしてきた仕事と無関係の法廷実務(例えば刑の宣告)に従事することも求められる。さらに、以前経験したことのない管理業務(例えば、数百に及ぶ多種多様な事件を効率よく事件要録に記録する方法を学ぶこと)も数多く与えられる。
控訴裁判所の裁判官も、たとえ以前に、裁判官の経験を積んでいたとしても、「新人社会化」の期間がある。地方裁判所の事実審の経験者の方が、その控訴裁への移行がしやすいようである。移行期間中の新人裁判官は、経験の豊富な同僚の裁判官に比べて、法廷での発言が少なくなりがちである。しばしば意見書を書くのに時間がかかり、先輩の言いなりになることも多く、決断できない時期を経験する。
最高裁の新人判事の学習過程はもっと厳しい。控訴裁判所の新人裁判官と同じく、最高裁の新人判事は、先輩に任せてしまい、多数意見や反対意見を書く回数が少なく、自信のない態度を示しがちである。最高裁の新人判事は、下位裁判所の新人裁判官よりは豊富な法廷経験を積んでいるかも知れない。しかし、最高裁は、下級審の誤りを修正する控訴裁や、規範を執行する地方裁判所とは、性格を異にしており、広範な司法政策決定に関与している。だからこそ、最高裁の新人判事は、最初の頃は優柔不断になるのである。
新人の連邦裁判官は誰でも「新人社会化」と「職業社会化」を必要としているわけだが、それでは一体、誰から指示を仰ぐのか。控訴裁判所と地方裁ノ裁判官の訓練は、ほとんどが上級のベテラン裁判官によって、特に、巡回裁判所および地方裁判所の主席裁判官によって行われる。同様に最高裁判所の場合も、先輩の判事、多くは長官が、裁判所の重要な規則や価値観を新人判事に伝える上で主要な役割を果たす。
連邦司法センターが、新任の裁判官のために提供する研修セミナーも、新人裁判官の訓練および「社会化」に重要な役割を果たしている。一部のセミナーは外部の専門家(ロースクールの各訴訟分野の専門家)によって行われることがある。しかし、主要な教官は経験をつんだ裁判官で、彼らの法廷での実体験が新人連邦裁判官の尊敬を集める。
米国の司法・法律制度の運用上、この「社会化」プロセスの意義は何なのだろうか。第一に、新人裁判官の社会化を助ける人間がすぐ近くにいることにより、無駄に中断する時間が最小限にとどめられ、制度が円滑に機能できることである。新人裁判官が経験豊かな先輩裁判官から、距離的にも心理的にも遠く離れていたら、法廷実務上の専門的知識を身につけるのに時間がかかるし、恐らく訴訟での誤りも増えるだろう。
第二の意義は、組織全体で社会化を行えること、つまり、ベテラン裁判官が新人を訓練するという事実が、組織の団結力を強める一種の接着剤の役目を果たしていることである。これによって、前の世代の裁判官が持つ司法の価値観と慣習と方向性が、次の世代へと受け継がれることが可能になる。これが、無秩序と衝動的行動が頻発する世界の中で運用される司法制度に、継続性と永続感を与えているのである。
裁判官は、自らの選択により、あるいは病気や死亡により退職した時、あるいは懲戒処分を受けた時に、裁判官としての職務の遂行をやめる。
合衆国憲法第3条の規定に基づき任命されるすべての連邦裁判官は、「非行なき限り」(during good Behavior)裁判官の職を継続する。これは、自ら選択して退職するまで、言い換えれば事実上、終身、在職できることを意味する。連邦裁判官を罷免する唯一の方法は、弾劾(下院による訴追)と上院による有罪決定である。(最高裁判事に対する)憲法上の要件、ならびに(控訴裁判所と地方裁判所の裁判官に対する)法的基準に基づき、弾劾は「反逆罪、収賄罪、およびそのほかの重罪や軽罪」の理由で発動される。弾劾された裁判官は、上院で裁判を受け、出席議員の3分の2の票決により有罪を宣告される。
1789 年以来、下院が弾劾手続きを行った裁判官は13人のみである。もっとも、およそ同数の裁判官が、正式な訴追が行われる直前に辞職した。弾劾された13人の裁判官のうち、有罪判決を受け、罷免されたのは7人だけである。
裁判官が公然と犯罪行為におよぶことは、めったにないが、当該裁判官の行為が、容認される程度なのか弾劾すべき行為なのか、はっきりしない灰色の領域もある。連邦裁判官の中には、明らかに利益相反(利害の対立)の関係にある事件を審理したり、法廷でいつも偏見に満ちた態度を示したり、あるいは、法廷審理に悪影響を及ぼす性癖を示したりする者もいる。こうした裁判官にはどう対処すべきなのか。歴史的にみると、同僚裁判官が注意を促す以外は、ほとんど放置されてきた。しかしながら、近年になって、裁判官を懲戒する措置が採られるようになってきた。
1980年10月1日、連邦議会の新しい制定法が施行された。「裁判官会議の改革および裁判官の行為と職務遂行不能に関する法(the Judicial Council Reform and Judicial Conduct and Disability Act)というこの法律は、2つの明確な部分から成る。最初の部分では、控訴裁判所と地方裁判所の裁判官で構成され、巡回区の首席裁判官が議長を務める各巡回区の裁判官会議の規定が述べられている。この裁判官会議には、「巡回区内の裁判を効率的に、かつ迅速に運営するため、すべての必要かつ適切な命令を下す」権限が付与されている。法律の後半部分は、裁判官訴追に対する苦情申し立てのための制定法上の手続きを定めている。要するに、この規定により、被害者は、控訴裁判所の事務官に文書苦情を提出することができる。首席裁判官はこの訴えを検討し、それが取るに足りない内容と思えた場合、あるいはそのほかのさまざまな理由がある場合は、訴えを却下することができる。訴えが正当だと思われた場合、首席裁判官は、自分自身と地方裁判所、ならびに控訴裁判所の各同数の裁判官で構成される調査委員会を任命しなければならない。この委員会は調査を行ったあと、裁判官会議に報告する。裁判官会議は、以下のような3つの選択肢を持つ。①当該裁判官は、免責とする②破産裁判官ないしは治安判事が加害者と認められる場合は、解職することができる③憲法第3条の規定に相当する裁判官は、非公開ないし公開での譴責、あるいは叱責、職務遂行不能の認定、自発的退任の要請、あるいは法廷審理禁止の対象となる―。ただし、憲法第3条に相当する裁判官を罷免することはできないため、依然として弾劾だけが唯一の対抗手段である。当該裁判官の行為は弾劾事由を構成すると判断した場合、裁判官会議はこれを司法会議に通知する。同会議は、これの審議のため連邦議会下院に送付する。
裁判官を「不法行為」で免職する以上に厄介な問題は恐らく、年を取り体力が衰えて、裁判官としての職務を効果的に遂行できない者を、引退させることである。連邦議会はこれまで、退職を金銭的に魅力あるものにして、高齢の裁判官を退職へ誘導することに、ある程度成功してきた。1984年以降、連邦裁判官は、年齢と裁判官の在任年数の合計が80に達すると、いわゆる「80年ルール」に基づき、給与全額と手当てつきで退職できるようになった。議会はまた、裁判官が完全に退職はしなくても、専任裁判官として職務を継続できるようにした。審理件数は減るが、引き続き、事務所とスタッフを維持することが許される。そして、それと同じように重要なことだが、現役裁判官としての威信と自尊心を保つことができる。
裁判官はしばしば、自分が属する政党の大統領が政権にある間に退職する。そうすると、政治的にも司法的にも、自分と似た考えを持つ裁判官を後継者にすることができるからである。1990年に行われた調査によると、特に1954年以降、「裁判官の退職・辞職率は、政治的・思想的考慮に強く影響を受け、党派主義が吹き込まれている」ことがわかった。つまり多くの裁判官が、自分自身を、国民、裁判官指名手続き、裁判官のその後の判決―の間の、政治的なつながりの一部と見ていることがわかる。
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州裁判官の資格要件と経歴
州法と州憲法の大部分は、州の裁判官への任官について厳格な条件はほとんど規定していない。大多数の州は、治安判事に法律の学位を要求していない。この学位は、事実審裁判所や控訴裁判所の裁判官に対しては公式的に、ないしは慣習として、実質的に要求されている。 米国の女性人口は、米国の全人口の過半数をわずかに超えており、近年、法曹職に就く女性が急増しているにもかかわらず、裁判官に女性が占める割合は依然として低い。州によって事情はかなり異なるが、女性が州裁判官を務めるにしても、一般的に最上級裁判所より低いレベルの裁判所が多い。1990年代半ばの時点で、すべての州裁判官に占める女性の割合は約14%に過ぎず、アフリカ系、ヒスパニック系、およびアジア系米国人が占める割合は6%だった。 州裁判官は、連邦裁判官と同じように、一般的には、自分が育ち、教育を受けた地域に留まる傾向がある。すべての州裁判官の4分の3は、就任した州の生まれで、学士号や法律の学位を取得するために州外に出たものは3分の1足らずだった。また、この地域主義の志向は、州裁判官に就任する前の職歴のパターンにも反映されている。例えば、州最高裁判所の裁判官のうち、連邦レベルで経験を積んでいた者は、わずか13%しかいなかった。これに対して、93%が、以前になんらかの州レベルでの経験をしていた。 裁判官は、就任時に中年に達している傾向がある。州の事実審の裁判官の就任時における平均年齢は約46歳で、この数字は、連邦地裁判事が就任する平均年齢49歳とおおむね符合する。州の控訴審の裁判官の就任時点の平均年齢は、事実審裁判官よりやや高く、53歳前後で、連邦控訴裁判所の裁判官とほぼ同じである。 政党への帰属に関して言うと、公選か任命かを問わず、裁判官が居住する州での与党に属している場合がほとんどである。また、大部分の州裁判官は、就任前に、政治に積極的に関与している。これは選挙で選ばれた者でも、任命された者でも変わらない。 州の事実審裁判官の過半数は、就任以前に民間で弁護士業務を行っており、また約4分の1は、治安判事などの下位裁判官から昇進して来た人々である。弁護士業務を行っていた者のほとんどは、専門分野を持たない一般法務に携わっていたと届け出ている。およそ5人に1人は、地方検事から引き抜かれた者で、民間で刑法の実務に携わった者は3 %しかいない。州最高裁判事のうち、ほぼ3分の2は、中間控訴裁判所か、事実審裁判所の出身者である。 州裁判官の選任手順
州レベルでは、裁判官を選任するために、さまざまな方法が用いられており、また、その方法のそれぞれに、多くの変種がある。基本的に、全米50州のどの州でも、裁判官への道には、次の5つのルートがある。すなわち、 党派を鮮明にした選挙、無党派選挙、メリット制(能力主義・推薦方式)、知事による任命、それに議会による任命―である。 裁判官の選挙
党派を明確にした選挙にせよ、無党派の選挙にせよ、選挙で選ぶことは、多くの州で普通に行われている。この方法は、アンドリュー・ジャクソン大統領の時代(1829-37)に盛んになった。その当時の米国人は、政治プロセスを民主化しようとしていた。しかしながら、実際にはしばしば、政党の指導者は、裁判官の選挙を党に忠実な人物に対する間接的な「ほうび」とみなしている。また、選挙に立候補しなければならない裁判官は、弁護士やおよび法律事務所から選挙資金を集めることをしばしば強いられる。裁判官に就任後、こうした献金者たちが法廷に姿を現すことになると、利益相反が起こる可能性がある。最後になったが、裁判官選挙での投票率は極めて低い。有権者は大統領や連邦下院議員、あるいは州上院議員の選挙では意中の候補は分かっているが、州の裁判官の候補者にはなじみが薄い場合が多い。 20世紀初頭、(セオドア・ルーズベルト大統領らの「革新党」による)進歩主義運動の一環として、裁判官を無党派で立候補させることにより、裁判官選挙から政党色を取り除こうとする改革が試みられた。立候補者は、原則として、所属政党を足場にせず、自分の理念と資格に基づいて選挙に出馬する、という考え方だった。しかし、このように形式的には政党色を排した州でさえ、政党は個々の裁判官候補者を支持し、選挙運動に貢献している有様である。その結果候補者は、いずれかの政党と一体と見られるようになる。 メリット制による選任
「メリット制(merit selection)」、いわゆる能力主義推薦方式は、1900年代初期から、裁判官選任の好ましい方法として使用されてきた。この方法を最初に完全に導入したのは1940年のミズーリ州である。それ以来、こうした方法は、「ミズーリ・プラン」の変形の総称として知られるようになった。 「ミズーリ・プラン型」モデルを採用する州は、選挙と任命の組み合わせを用いる。州知事は、まず5人以上のメンバーから成る指名委員会が推薦する、何人かの候補者の中から、裁判官1人を任命するが、この委員会は通常、地元弁護士協会から選出される複数の弁護士と知事が指名する弁護士以外の複数の者で構成され、それに時には、地元の先任裁判官1人が加わる。法律ないし暗黙の了解に基づき、知事は推薦者リストの中から誰かを指名する。新しく指名された裁判官は、短期間(たいてい1年間)務めた後に、特別選挙に出馬しなければならない。それは、実質的にそれまでの自分の実績を問われる選挙になる。有権者に対して「○○裁判官は、職務を継続すべきか」という問いが出される。裁判官の在任を有権者が支持した場合―とは言っても、必ず支持されるのが通例だが―裁判官は、正規のかなり長い期間を務めることになる。 知事による任命と議会による任命
現在、裁判官を知事や州議会が選任している州は、ほんの一握りである。知事が裁判官を任命する場合、ほとんど例外なく政治が絡んでくる。知事が任命する人物は、州の政治に積極的に関わり、知事や知事が属する政党、あるいはその協力者のために、利益をもたらした人物の場合が多い。また知事は、裁判官を任命する際、自分が支持を必要とする地元の政治指導者や州議員たちと、しばしば取引をする。また過去に忠実に政治的な支持を与えてくれた議員や地元政治家に報いるため、知事は裁判官の職を利用することもある。 州の裁判官の任命を、依然として議会に任せている州は、ほんの少数である。州最高裁判事を選任するには、さまざまな基準が使われている。しかしながら、州の事実審裁判所の裁判官を選任する場合には、州議員は元議員の助言に頼る傾向がある。 裁判官の退職および免職
高齢、あるいは職務に適さなくなった裁判官の問題は、州レベルでは、連邦レベルほど深刻ではないようである。多くの州では、強制的な定年退職制度を導入している。最低退職年齢は65歳から 75歳までと州によって違うが、70歳が最も多い。一部の州は、推奨退職年齢以降も在職する裁判官には、退職給付の減額制度を適用している。つまり、裁判官を長く務めれば務めるほど、退職金の額が少なくなる。 高齢の裁判官を辞職させる上で、退職金制度がいかに効果があろうとも、無能な、腐敗した、あるいは倫理にもとる、もっと年齢が下の裁判官に対しては、ほとんど役に立たない。米国の歴史を通じて、各州は、このような裁判官を罷免するために、弾劾、リコール選挙、上下両院共同決議などの手続きを利用してきた。しかし、これらの方法は、実行するのが政治的に困難だったり、時間がかかり過ぎて面倒だったりするため、最低限の効果しか上げていない。 もっと最近では、裁判官を監督するために、しばしば裁判官自身で構成する特別委員会を設置し始めた州が多くある。しかし、このような委員会が必ずしも常に効果的とは限らない。同僚に公的な戒告や懲戒処分を行うことは、裁判官たちにとっても嫌だからである。 |



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