米国の周縁部は、ほぼ同じ面積の2つの地域に分けることができる。その1つである「南西部国境地域(Southwest Border Area)」はメキシコと長い国境を接しており、メキシコから多くの影響を受けてきた広大な内陸部を擁している。もう1つが、本章で説明するテキサス州のリオグランデ川の河口からノースカロライナまで海岸線を東に延びるフロリダ半島を含む地域である。いずれの地域も緯度で言うと南に位置し、テキサス州南部の一部を共有している。しかし、米国内のあらゆる隣接地域がそれぞれ隣の地域とお互いに異なる特徴を持っているのと同じように、「南部沿岸地帯(Southern Coastlands)」もまた「南西部国境地域」とは違う側面を持っている。
「南部沿岸地帯」の大きな特徴は2つある。第一に、この地域は多湿の亜熱帯という環境にある。メキシコ湾の温暖な海水もこの地域の気候に大きな海洋性の影響を与えている。この気候のお陰で、この地域は観光客や居住希望者にとっては魅力がある。また、この環境は、農業にはっきりした特長を与えている。
第二に、米国と世界との貿易上のパターンを作り上げるに際し、この地域が果たした役割や、この地域独特の産業形態も、この地域の特徴に貢献している。
この地域の特徴である3つ目の要素は、「深南部(Deep South)」と中南米の間に位置していることである。この地の住民の多くは、海によって近隣諸国から長い間隔てられたため、この地域に対する中南米からの文化的影響も弱められていた。しかし、ここ数十年間、フロリダ州南部のキューバ系移民の数が増加し、中南米と米国の貿易が増加したためこの地域の特徴が際立ってきている。
自然環境を作り出すいくつかの要素のうち、「南部沿岸地帯」の人文地理的要素に最大の影響を及ぼしているのが気候である。湿度の高い亜熱帯性気候、長い耕作期間、暖かい冬、高温多湿の夏などあらゆることがこの地域に住む人々の行動様式の形成に寄与している。
平均的な耕作期間が「南部沿岸地帯」と同じくらい長いのは、カリフォルニア州南部、アリゾナ州南西部、そしてハワイ州だけである。春に最後の遅霜が降りてから秋の初霜までの日数で測ると、この地域で農作物を栽培できる可能性がある期間はほぼ全域で9カ月以上もある。またほぼ全域がほとんどの農業活動に十分なほど豊富な降水量にも恵まれている。平均降水量は1250ミリメートルを超え、その多くは4月から10月の間に降る。この時期は日照時間が長く、高温で植物の成長に適している。
こうした気候条件によってもたらされた大きな特徴が2つある。その1つは、肥沃な土壌、適切な排水、害虫の駆除など農業上の条件が整っている限り農民は晩秋まで霜害の心配なく作物を育てることができる、ということである。場所によっては1耕作期間に2回作物を収穫することも可能であり、野菜農家の中にはそれ以上を収穫しているところもある。2つ目の特徴として、もっと重要なのは米国の他の地域ではほとんど育てることができない独特の作物を生産できることである。
16世紀にスペイン人がかんきつ類をフロリダに持ち込んで以来、その生産はこの地の経済に特に重要な貢献をしてきた。ただし、主な生産地は半島の内陸部を次第に南下してきている。
オレンジとグレープフルーツはフロリダ州で栽培される7種類の主な柑橘類の中で最も重要な作物である。1992年のオレンジの収穫量は600万トンを超えていた。1945年以降生のまま出荷されるオレンジよりも加工用の方が増えており、今ではおよそ80%が加工用である。オレンジの加工(ほとんどが冷凍濃縮加工)によってフロリダ州に大規模な産業が発達した。そして生のオレンジが米国の北部に出荷される場合よりも、もっと多い国民がこの特産物の恩恵を受けることになった。しかも、加工することによって、収穫期直後だけの収益でなく、通年での売り上げが可能になった。
グレープフルーツの生産地はオレンジとほぼ同じだが、総需要量が少ないため、生産量はオレンジの約4分の1にとどまっている。大規模なオレンジとグレープフルーツの栽培は、テキサス州最南端の灌漑農地でも行われている。
柑橘類は樹木作物であるため、その生産コストの大部分を占めているのは収穫にかかるコストである。柑橘類は手で摘まなければならず、高いはしごの一番上から摘むことも多い。収穫期には大量の短期労働力が必要となる。毎年、集中的に人手が必要な時期になると、何千人もの移民労働者が木の生い茂った公園のような果樹園に集まってくる。
サトウキビを栽培できるのは米国本土では「南部沿岸地帯」だけである。サトウキビは多年生作物で、完熟するまでに1年以上かかるうえ、霜に対する耐性がない。さらに、サトウキビは非常に多量の水を必要とし、最低でも年間約1250ミリメートルの降水量がなければならない。このような気温や降水量の条件があるため、灌漑を行わなければ米国本土でのサトウキビの栽培は不可能に思えるかもしれない。しかし、ルイジアナ州とフロリダ州ではかなりの量のサトウキビが栽培されている。
コメ栽培の気象条件はサトウキビほど厳しくない。水を十分に与えれば夏の気温の高さにほぼ比例するペースで成長し、1耕作期間内に収穫できる。「南部沿岸地帯」では、ルイジアナ州とテキサス州で灌漑農法によるコメの生産が行われている。
特産物に加え、「南部沿岸地帯」には米国有数の野菜の産地がいくつかある。冬期に都会の市場まで送られる生鮮野菜のほとんどはフロリダ州や、その他のメキシコ湾岸諸州の南端で生産される。また、牛肉産業も牛疫を媒介するダニの駆除、牧畜の改善、丈夫なブラーマン牛と改良した国産牛との交雑など様々な努力を積み重ねて、フロリダ州経済に大きな貢献をする産業となった。
この地域の気候条件は農業に適しているものの、土壌の状態や質はかなり変化に富んでいる。ルイジアナ州の沿岸部やミシシッピ川のデルタ地帯のような肥沃だが水はけの悪い泥土からフロリダ州北部・中央部の非常に砂質性が高いものまで土壌は様々である。さらに複雑なことに、フロリダ州のメキシコ湾沿岸部分と同州の広大なエバーグレーズ湿地帯は大部分が湿地性の黒泥土か水はけの悪い砂質土だが、テキサス、ジョージア、サウスカロライナの各州の沿岸部はその土地の状況によって低湿地か砂地のいずれかになっている。ルイジアナ州の泥土地域は排水さえ行えば特にサトウキビやコメの生産性が極めて高いことが証明されている。
これと対照的に、「南部沿岸地帯」のそのほかの地域はほとんどが大型の灌漑の恩恵を受けている。例えば、フロリダ州中央部の高地の土壌は砂質土で保水力は低いか、もしくは極めて低い。柑橘類や野菜の生産が盛んな地域では、水分の供給源として雨だけに頼る場合と比べると灌漑を行った場合の年間生産高は10倍にも増加している。こうした高いレベルの改善が可能だったため、しかもそれを達成するための技術力もあったため、亜熱帯独特の環境を持つ「南部沿岸地帯」では、南東部の内陸部のほとんど地域よりも高い水準の農業開発が進むことになった。
レクリエーションと引退者向け事業も「南部沿岸地帯」の主要産業である。1950年代初めにはすでに、フロリダ州とメキシコ湾沿岸地域の経済成長の促進にとって、娯楽的要素が不可欠であることは明らかだった。それ以来、その重要性は増している。
この地域の観光事業からもまた、直接的な経済的利点が生まれている。ルイジアナ州ニューオーリンズとアラバマ州モービルの間にあるミシシッピ州沿岸部は観光ブームに沸き、多数のホテル、モーテル、レストラン、人工ビーチが建設された。
しかし、この地域で最も劇的に観光客を引き寄せる磁石は一貫してフロリダ州である。大西洋とメキシコ湾の両方に面した長く続くビーチを持つフロリダ州には、何十年にもわたり避寒客が訪れてきた。亜熱帯の娯楽施設に対する需要が非常に高まったため、レクリエーション資源の開発は大西洋沿岸部を北上し、ジョージア州や南北カロライナ州の沿岸部にまで及んだ。
観光客を引きつけるのは自然がもたらしてくれたレクリエーション資源だけではない。ディズニーワールドの建設によって何百万人もの州外観光客がフロリダ州南部・中央部を訪れている。観光客が来てお金を落としてくれることを見込んで、ほかにも多くの娯楽施設が新たにフロリダ州南部・中央部、特にオーランド周辺に建設された。このフロリダ中央部の複合レクリエーション施設がフロリダ州の東岸と西岸にある都市部を内陸でつなぐ役割を果たすものと期待されている。
「南部沿岸地帯」の亜熱帯環境は多くの利点を持っているが、もっぱら恩恵だけをもたらす訳ではない。農業の面では、野菜栽培の成功によって農家は作物の通年栽培を試みるようになった。そのため、たまに真冬の霜がフロリダ州南部に降りた場合には作物に多大な被害が出る。同様に、フロリダの柑橘類は10月から5月末にかけてが収穫期なので、冬期に気温が零下まで下がると熟しかけた果物に被害が出る。あまり知られていないが、このような冬の天候不順によってルイジアナ州のサトウキビ生産者も被害を受ける可能性がある。
これよりも不規則で突発的で、かつ劇的な形で局地的に甚大な被害をもたらすのがハリケーンである。ハリケーンは広い暖水海域上の空気が太陽熱で強烈に暖められたことによって発生する大型の低気圧性暴風である。ハリケーンの襲来はこの地域では覚悟の上の、逆らえない現象でもあり、気象衛星その他の予報ツールもあることから、早めに先手を取って激しい雨風に対する備えをすることができる。また、最も甚大な被害を受けるのは、通常、ハリケーンが上陸して進む際の比較的幅の狭い範囲に限られるため、この地域でも、何年もハリケーンの被害を受けていない地区が多い。一方、ハリケーンは発生頻度や大きさが一定していないため、大型ハリケーンの危険に極度にさらされている沿岸地域へは何度も警告が出ているにもかかわらず効果はなく、集落は広い範囲に及んでいる。
メキシコ湾沿岸には大量の貨物を扱う貿易活動に適した良質の港が少ない。遠浅の水面に突き出た海岸線にはにぎやかなビーチが多いが、海岸の大部分はその後方に広大な湿地が控えているか、一部が沖合の砂州で外海から守られている。この砂州と砂州の隙間を通ることができれば荒れる海を避け、身を守ることができる。そこで沿岸航路にはこの内海水路システムが用いられている。しかし、砂州の後方にある入り江のほとんどは浅すぎて大洋横断貿易に従事する船舶の停泊地として適していない。従って大きな港の多くは海岸線に沿った大きな河口域の端やメキシコ湾または大西洋に流れ込む河川の河口から少しばかり入った内陸部に作られた。
メキシコ湾内の高い利便性を備えた入り江はそれぞれ内陸部の一部の水を集めて流れる川の河口にあるが、川によって可航可能性はまるで違う。初期の入植地の拡大に貢献したという点ではどの川も同じだが、今でも小型船が航行している川がある。あらゆる川が内陸の主要市場と鉄道網で結ばれており、大陸内部とのつながりを強化している。そうでなければ、沿岸の港につながる川の可航性を向上させるために改良工事が施されている。例えばジャクソンビルは、かつて、ジョージア州からフロリダ州に入る鉄道の終点だった。ジャクソンビルはまた、西にパンハンドル(フライパンの柄)のように突き出た、いわゆる「パンハンドル地域」と、農業が盛んな中部の高地に向かい南に広がる後背地の中心だった。その結果、ジャクソンビルは、高速道路網の発達によって成長に適した立地条件が向上する以前から、安定した地位を確立していたのである。
ニューオーリンズは交通の便のよさでは抜きん出ている。ここはかつて、ミシシッピ川水系全体の管制地点であり、船舶輸送の中心地であった。ミシシッピ川は喫水の浅い外輪汽船で、はるか北の「農業の中心地域」まで(注意を払えば)航行することができた。この川には大きな支流があり、1つの水系は西の「グレートプレーンズ」まで、もう一つは東の「製造業の中+核地域」まで延びていた。ニューオーリンズは川が大きく蛇行している場所にあり、平均海水面からわずか数メートル上の低地のデルタ地帯に位置しているため、毎年洪水の脅威にさらされていて、現実にしばしば被害に遭った。しかし、この都市の立地は貿易に携わる者すべてにとってきわめて大きな利点だった。このため19世紀初めに人口が増加し、いまも人口は多い。
ニューオーリンズのフレンチクォーターには、フランス植民地時代の遺産が意識して残されている。地元のクレオール料理とケージャン料理、そしてヨーロッパの料理が渾然一体となった独特の食事、豊富なジャズその他の催し物、18世紀の建築物などが、これまで何百万人という観光客をこの都市に引きつけてきた。ニューオーリンズへの旅行者は、川をはしけや船が頻繁に行き交っている様子(ここは全米で一番にぎやかな港である)や、この船舶交通によって支えられている重工業を前に目を丸くするかもしれない。
「南部沿岸地帯」の西部にあるもう1つの大都市であり、1970年までにはこの地域で最大になっていたテキサス州ヒューストンは、ニューオーリンズと好対照をなしている。ヒューストンは様々な点で新しい都市である。もともとは港湾都市ではなかったが、海の浅いガルベストン湾を横断するヒューストン水路の建設(1873年着工)、その後の再三行われた改良工事によって港湾都市となった。1940年代末には、地元の石油化学産業の出現とともに、港へのアクセスがヒューストンの発展にとってさらに重要になった。
「南部沿岸地帯」の代表的な特徴は、類を見ないほど文化的に変質したフロリダ州の大マイアミ圏に見ることができる。
1950年代の間は、マイアミの魅力と言っても消極的な特徴しかなかった。つまり、そこにあるものを楽しむだけで十分だとされたのである。マイアミの気候は冬の間暖かかった。沿岸に位置しているため、どこまでも続くビーチや暖かな熱帯の海に簡単に行くことができた。港をわずかに改良するだけで近くのカリブ海諸島へのクルーズの旅がしやすくなった。北米大陸の最南端に位置しているという立地条件を利用してマイアミが北半球の金融・商業システムに完全に組み入れられるようになったのは、1960年代になってからのことだった。
マイアミの立地利用に変化が生じたきっかけはキューバ移民だった。1959年から1981年までの間に、大マイアミ圏の中南米人口は25,000人から70万人近くに増加し、そのうち約85パーセントはキューバ人だった。
キューバ系人口は比較的早く、金融、商業、小売りビジネスに受け入れられていった。大量の移民が急速にマイアミに定住したため、「即席の市場」も開設された。中南米市場に事業を拡大したいと考える米国の他地域の企業は、少なくとも国内事業の一部をマイアミに移し、スペイン語を話すキューバ人の雇用を始めた。キューバ難民とともにもたらされたカリブ海の向こうの相手との仕事上のつながりは白人企業にとっても魅力的だった。こうした動きが数十年にわたり様々な方法で何倍にも膨れ上がり、マイアミの地理的志向は自然と南へ向かっていった。
大陸としての北アメリカの実際の自然地理学的境界線は海岸線と一致している訳ではない。海底に沈んでいる大陸棚が海岸線の向こうまで広がっているからである。大陸棚の長さはわずか数キロメートルの場合もあるが、大西洋沿岸とメキシコ湾のほぼ全域では大陸棚は沖合80キロメートル以上にまで及ぶことがある。リオグランデ川からミシシッピ川の河口までの海岸に沿って行われた探鉱によって、陸地と沖合の両方で石油と天然ガスの一連の鉱床が広範囲にわたって発見された。
1900年代初めにメキシコ湾沿岸の油田が生産を開始したとき、テキサス州ヒューストンはまだ人口75,000人未満の中規模都市だった。1990年の国勢調査時点で、ヒューストンの人口は160万人に増え、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに続く全米第4位の都市になっていた。ミシシッピ川とメキシコとの国境の間の長いアーチ状の海岸線の中間地点にあるヒューストンはまた、ダラス・フォートワースとサンアントニオの3都市で形成する「テキサス・トライアングル」の中で海岸沿いの頂点に位置している。人口で見ると1990年にダラスは8位、サンアントニオは10位であり、内陸部にあるこの2つの成長中心地とのつながりや、テキサス州東部からの大量の綿花輸出もまた、ヒューストンの立地上の優位性を高めることに貢献した。
20世紀の半ばまでには、メキシコ湾沿岸で新たな石油鉱床の探査が拡大し、沖合にまで広がった。石油会社が新たな鉱床発見に成功したことにより、経済的な問題は一時的に緩和されたものの、新たな問題が生まれた。陸地からはるか遠く離れた場所でプラットフォームを使って掘削し、石油を採取する際の技術的な困難の克服に関連し、大陸棚にある資源の管轄区域の範囲を巡り各州政府と連邦政府の間でいきなり論争の火が燃え上がったのである。複雑な一連の訴訟の結果、場所ごとに異なる管轄区域が決定された。フロリダとテキサスの2州は沖合15.3キロメートルまで管轄区域が認められたが、ルイジアナ、アラバマ、ミシシッピの3州の場合は4.8キロメートルまでに制限された。
国内の石油、天然ガス、石油製品の消費量が継続して急激に増加したため、連邦政府は1970年代初めに、ミシシッピ州ビロクシーとフロリダ州タンパ湾の間の海底区域について商業入札を開始した。そして1980年代初めには、大西洋沿岸の沖合海底区域についても入札を始めた。
メキシコ北部からミシシッピ川に至る沿岸の石油鉱床はじつに大きいため、これが「南部沿岸地帯」唯一の鉱物資源であったとしても、この地域の資源開発が国の優先事項の1つであることに変わりはなかっただろう。テキサス州とルイジアナ州は現在、アラスカ州を加えて3大石油産出州に数えられている。また、テキサス州とルイジアナ州では、メキシコ湾から離れた内陸部にも大規模な油田があるが、沿岸地域の油田が両州の総産出量の大部分を占めている。
メキシコ湾沿岸に散在する多数の天然ガス鉱床は、この地域に長いアーチ状に存在する石油鉱床と場所的に混在している。天然ガスを輸送するパイプラインは、沿岸部の主要産出地域から放射線状に伸び、国を横断して「製造業の中核地域」を初めとする全米の主要な消費地まで続いている。
さらに、石油と天然ガスを産出するテキサスとルイジアナの沿岸地域の地質層には、経済的価値を持つ別の鉱物、硫黄と岩塩が含まれている。この地域の石油と天然ガスは、安いコストで採鉱できる地表下の岩の歪みの中に貯留しているが、この歪みは、巨大な岩塩ドームが次第に隆起した際に形成されたものである。岩塩は石油と天然ガスのいずれよりも価値はずっと低いが、にもかかわらず、ルイジアナ州南西部で大量に採掘されている。岩塩よりも価値が高いのが、多くの岩塩ドームの上を覆っているキャップロック(帽岩)で見つかった硫黄である。テキサス州ボーモントと、ルイジアナ州のチャールズ湖近くの州境線にある巨大な硫黄鉱床が全米の需要を満たしている。このほかにも、内陸部と大陸棚の両方に別の鉱床があるので、当分の間は硫黄が豊富な状態は続くだろう。また、全国的に重要なものとして、フロリダ州の大規模鉱床から産出するリン酸塩も挙げられる。
通常、石油と天然ガスが採取されたからといって、それだけで地域の都市化や産業の発達を後押しすることはあまりない。探査と掘削には専門の高価な設備が必要だが、他の鉱物の採掘作業とは違って、大量の補助機材や労働力を必要としないからである。しかしながら、石油の大量産出によって、短期間に巨額の資本を生み出すことはできる。そしてそれによって地域に蓄えた富が、石油・ガスの産地の近辺に、それを原材料として使えるさまざまな産業を引き寄せている。かくして、テキサス州コーパスクリスティからミシシッピ州パスカグーラに至るすべての主要港の脇に石油精製所が建設された。それが最も密集しているのはテキサス州のヒューストン、ボーモント、ポートアーサーの周辺だった。
中でも、より広範囲な影響を地域の発展に及ぼしたのは石油化学など精製所からの産出物を使って生産活動を行う産業である。天然ガスと石油製品は化学成分として多くの製品に使われている。プラスチックや塗料、不凍液などから肥料、殺虫剤、処方箋薬に至る様々な製品はメキシコ湾沿岸西部にある化学工場群から生まれている。さらに、硫酸や過リン酸石灰肥料、合成ゴムの製造業などのように、石油や天然ガスの生産に直結していないが、硫黄と岩塩を大量に消費する化学産業もある。これらの基本的な鉱物が巨額の設備投資能力を有する地域で産出されるという偶然の一致に助けられ、経済が急激に成長し、人口が急増したのである。
しかし、産業の立地には、それがたとえ石油化学産業であっても、資本が利用できるとか、原料に近いというだけでは済まない、重要な要素がある。それは交通の便である。すでに述べたように、「南部沿岸地帯」は北米大陸の周縁部に位置しているため、水上輸送と陸上輸送の積み換え地点が並んでいる。さらに、水上輸送は陸上輸送よりも安価である。このため、メキシコ湾沿岸地域で生産される完成品の輸送に関しては、「メガロポリス」の港まで運ぶ場合には大型船で輸送し、「製造業の中核地域」まで運ぶ場合には内陸水路やミシシッピ川水系経由ではしけが輸送するのが最も効率的となる。同様に、製品や原料をメキシコ湾沿岸の産業まで運ぶ場合も、水上輸送のほうが効率的である。



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